「……さぁな」
「あれ、ここの子でしょうか。こっち見てるの」
女の子だろうか?窓からこちらを見ている。
ちょうど屋根裏で遊んでいたんだろうか?
「いいからほら、行くぞ。もう大体見当はついた」
「はい。ええと……チャイムは無いよな、やっぱり。すみませーん!ごめんくださーい!」
それなりに大きな声で呼んでみる。
しばらく待つと玄関の引き戸が開いた。
「はい……?」
「あ、すみません。あの……」
「ああ、はいはい。君がそうね。ええと、息子さんと……そちらは?」
「僕というか、こっちが本命でして。そういうのに詳しい人です」
「どうも、初めまして。Oさんでしょうか?」
先輩が笑顔を作る。
無闇に処世術に長けた人だなぁ、と毎度思う。
「ええ、俺がそうです。今家族は出かけてるので、見たい所とか遠慮無しに言ってもらってかまいませんよ」
どうぞ、と奥に招かれて、ようやく回転の遅い頭が動き始める。
今、なんと言った?
家族は出かけている……?
「それじゃ、屋根裏見せてもらえます?」
俺の思考が答えに辿り着くより早く、先輩が言う。
「屋根裏?いいけど、俺も入った事ないんですよ。物置にしてたらしいけど、今はもう何も無いし……」
「という事は、Oさんは屋根裏がどうなっているか知らない?」
「ええ、そうなりますね。それが関係あるのでしょうか?」
家族が全員出かけているなら、さっき見ていた女の子は誰だ?
「恐らく、大いに関係あると思います。とにかく入り口を」
「はぁ……」
Oさんは怪訝な顔をしながら俺たちを案内する。
家の奥に細い階段があり、この上が屋根裏だと説明を受ける。
「どうします?Oさんも入りますか?」
先輩は笑顔で言うが、Oさんは一つ身震いをして拒否をした。
もう俺にもわかる。
原因はここだ。
先輩が一度こっちを見る。
俺は黙って頷いた。
「よいしょっと」
先輩が軽いノリで木製の扉を開くと、階下と違う少し暑い空気が流れ込んできた。
この夏場、瓦屋根の直下と考えると、下よりも室温は高そうだ。
「ああ、だろうな」
先輩が小さく呟いた。
そのまま屋根裏に入っていく。
心配そうなOさんを置いて、俺も追従する。
「お前、漫画好きだろ」
「え?ええ、まあ」
「手塚治虫の奇子って漫画、読んだ事あるか」
「一応は。ああ、って事は……」
「そういう事だ」
屋根裏は埃っぽいなんてもんじゃなく埃が積もっていて、鼻粘膜の敏感な俺には厳しい環境だった。
が、そんな事どうでも良くなるくらいに奇妙な状態だった。
入ってすぐ目についたのは格子だった。
これも木製ながら、かなり頑丈なのはすぐわかる。
屋根裏の一角を区切るようにして設置されているそれの向こうは、板張りではなく畳敷きになっていて、少し過ごしやすくなっているようだ。
そう、過ごしていたのだ。
この頑丈な格子の向こう、恐らくはこの家の親族の誰かが。
歴史がありそうな家だな、とは思ったが、こんな物にお目にかかれるとは思ってもみなかった。
座敷牢だ。
「見ろ、あの窓。お前が女の子がどうこう言ってた窓だぞ」
確かにそのようだが、窓の位置がおかしい。
180ある俺でも頭すら出ないような高さ。
2mと少しといった所だろうか?
「俺が見た年頃の女の子じゃ、跳んだ所で覗くのは無理ですね。台になるような物もない」
「長年ここで過ごして足が弱っているなら尚更な」
ああ……それで、歩けない夢だったのか。
先輩は格子に取り付けられた戸を眺めている。
「やっぱりだ。ほら」
南京錠だろうか、錆びきっていてよくわからないが、間違いなく鍵がかかっている。
ここまで錆びても朽ちていないのだから、それはもう頑丈なのだろう。
「出たかったんですかね」
「だろうな。……木も朽ちかけてるし、鍵もボロボロ。ほら、力仕事要員」
俺は先輩と位置を入れ替える。
鍵を思い切り引っ張ってみると、留めていた金具がずぼっと取れた。
「これで戸は開きますよね」
「ああ。俺達の仕事は終わりだ」


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