悲しい話

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    昔、首里城下に嘉平川里之子という男がおりました。 
    「里之子」とは士族の男子の呼び名です。 
    しかし嘉平川家は名家ではなく王府の役職にも就いておりませんでしたので、その暮らしぶりは裕福とは縁遠いものでした。 
    その上嘉平川里之子は重い胸の病気を患っており寝たり起きたりの生活でした。 
    生計を支えるため妻のチルーは小さな商いをしておりましたがその合間にも機(はた)を織り献身的に夫を支えておりました。 

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     そして時は流れ、2000年を少し過ぎた頃。 
    今度はその神主の子供が似たような症状を発症した。 

    慌てて病院に駆け込んだが、結局治療法などは当時の医学でも分からなかった。 
    医者も色々と調べてくれたが、
    はんとう病とかそういう病気に似てるが、実際はよく分からないとのこと。 

    ただその原因は断定はできないものの、可能性は推測はできたみたい。 


    【人食いの風習があったっていう土地 後編】の続きを読む

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     俺の親父の田舎は、60年代初頭まで人食いの風習があったっていう土地だ。 
    とはいっても、生贄だとか飢饉でとかそういうものではなく、ある種の供養だったらしい。 

    鳥葬ならぬ人葬かな。それは小さな神社で行われてたとのこと。 

    そこの神主さんが亡くなった人の脳だとか脊椎だとかを啜り、その人の魂(心?)を受け継ぐんだって。 
    で、イタコの真似ごとをして、残された家族とかに故人からの言葉を送るっていう寸法。 

    気味が悪いように聞こえるけど、それほど殺伐としてようなものじゃないみたい。 

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    某ディーラーに勤務していた頃、他地方の警察から電話が来た。 
    駅前でクルマを停め灯油を撒いて焼身自殺したのがいたらしく、所有者がウチってことで 
    確認+車輌引取りの打診。そのクルマの販売店から営業が出て、保管場所にローダーで 
    赴いて積んで帰った。車検証も焼けてたので再発行の上廃車手続きを踏んだ。 

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    10年程前、リゾート観光地のフードコートでバイトしてた。 
    平日だったせいか、珍しく席はガラガラ。 
    ふとカップル(多分)が来たんだけど、その彼氏が怖かった。 
    彼女は席で待ってて、彼氏がカウンターに注文に来てたんだけど、顏見て凍った。 

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     弟はかなり見える人だった 
    後で知ったけど、見え過ぎて何度も死ぬ目にあったらしい 
    で、小学生の頃、弟と一緒にアニメのビデオ見てたら弟が突然横を向いて手を振った 
    そっちの方向は台所、しかも電子レンジしか見えない 
    思わず「なにしてんの?」と声かけたら、弟は私のほうを向いてしばらくジッと目を見てきた 
    そして私の肩に手を置き、10秒くらいして「台所見てみて」と言った 
    白い着物着た髪の短い少女が静かに立ってて、私は悲鳴を上げた 
    弟の手が離れると、すぐにその少女は見えなくなった 
     
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    翌朝は以前にも感じた嫌な感覚で目覚めた。階下で人が騒いでいる。 
    またか、と言う気持ちと薄ら怖い気持ちを振り払うように階段を下りると母親の泣き叫ぶ声が聞こえた。 
    「○○ちゃん、ごめんね」 
    そう何度も繰り返していた。姉に対する言葉だった。声の方向は祖父の部屋の方だった。 
    正面に見えた祖父の部屋の障子が開きその中に不自然に高い位置に姉の肩が見えた。 
    駆け出して近づくと、祖父の部屋の鴨居に祖父の形見の着物の帯で首を吊った姉の姿があった。 
    「なぜ…」 
    昨日、私に本をくれた姉に変わった所は何も感じられなかったのに。 
    しかも明日は6月20日で姉の20歳の誕生日だったのに。 
    普段あまり仲良くしていた記憶の無い姉の死がまるで自分の身体の一部を削がれるような痛みになって襲いかかる、 
    そんな感覚で通夜や葬儀の事はあまり覚えていない。 
    ただ、通夜と葬儀の間ずっと「ごめんね、ごめんね」と言い続ける母親の声だけが耳に残っていた。

     
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     私がまだ5歳くらいの頃、祖父が亡くなった。 
    私はおじいちゃん子で、いつも祖父の部屋に行っては一緒に遊んでもらっていたような記憶がある。 
    祖母は早くに亡くなっていたので私には祖母の記憶はなかった。 
    私には8歳離れた姉が居たが、姉と遊んだ記憶はあまり無く、いつも祖父の部屋で遊んでいた。 
    そんな私に姉がいつも不機嫌そうにしてるのが何故か印象に残っていた。 
    その祖父がある日突然の体調不良で入院。 
    手術で肺の一部だか片方だかを摘出したらしく、退院後も酸素吸入無しでは生活が困難な状態だった。 
    元々、頻繁に出歩く人でもなく70歳を越えて体力の衰えもあり部屋に居る時間が増えた。 

    私の家族は祖父の家である古い日本家屋に住んでいた。 
    一部が建て増しされた2階建てで、祖父の部屋の真上あたりの部屋で姉と同室だった。 
    普段からあまり会話のなかった姉と祖父が居ない間はよく遊んでいたが、 
    祖父の退院後はまた不機嫌そうな姉との会話も無くなっていた。
     
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    コンビニでバイトしてる学生だけど、常連のおじさんが死んだって話を聞いた。 

    その話を聞いたのは今日なんだけど、俺はおとといコンビニでそのおじさんと会ってたんだよね。 
    おじさんは結構気さくな人だからいつもなら雑談ぐらいする訳よ。野球談義とかね。 
    でもおとといはおじさん死人のような暗い顔して、お疲れオーラ出まくりだったから挨拶ぐらいしかしなかった。 
    んで、その帰りに車に撥ねられてポックリ逝っちゃったらしい。 
    相方にその話をしたら「そりゃ後味悪いなー」って言われたんだけど、俺には更に気になることがあった。
     
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    昔(2~30年前)の新聞の投稿欄(多分朝日新聞朝刊かな?) 
    家庭欄だったかもしれない 
    こんな読者投稿があった(完全にうろ覚え) 

    「教育というものをしないとどうなるか。うちの息子には、なにも教えないでみた、
     トイレの仕方も食事の仕方も 
     それでも元気に育って、今度修学旅行にはオムツをもっていく、その笑顔は輝いています」 
    【教育というものをしないとどうなるか】の続きを読む

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