怖い話

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    そんなことを言いながらふらふらと南の筋に入り、やがてその通りにあったビルとビルの隙間の細い路地へ身体をねじ込み始めた。太り気味の身体にはいかにも窮屈そうだった。 
    だめだ。酔っ払いすぎだ、これは。 
    「いいから、ついてこい。世界は折り重なってんだ。同じ道に立っていても、どこからどうやってそこへたどり着いたかで、まったく違う、別の道の先が開けるってこともあるんだ」 
    うおおおおおおおおお。 
    そんなことを勢い良くわめきながら、おっさんは雑居ビルの狭間へ消えていった。なんだか心魅かれるものがあった僕も、酒の勢いを駆ってついていく。 
    それから僕とおっさんは、廃工場の敷地の中を通ったり、古いアパートの階段を上って、二階の通路を通ってから反対側の階段から降りたり、 
    居酒屋に入ったかと思うと、なにも注文せずにそのまま奥のトイレの窓から抜け出したりと、無茶苦茶なルートを進みながら少しずつまた北へ向かい始めた。 
    ますます楽しくなってきた。街のネオンがキラキラと輝いて、すべてが夢の中にいるようだった。 
    気がつくと、また最初の幸町の東西の通りに戻っていた。随分と遠回りしたものだ。 

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    平日の昼間にその場所に立っていると変な感じだ。 
    繁華街の中でも飲み屋の多いあたりだ。研究室やサークルの先輩につれられて夜にうろつくことはあったが、昼間はまた別の顔をしているように感じられた。 
    表通りと比べて人通りも少なく、店もシャッターが閉まっている所が多い。道幅も狭く、少し寂しい通りだった。 
    なるほど。どのビルも大通りにあるビルほどは高くない。良くて四階、五階というところか。

    聞いた話から想像すると、この東西の通りの上空を斜めに横断する形で男は歩いている。恐らくは北東から南西へ抜けるように。 
    その周囲を観察したが、特に人間と見間違えそうなアドバルーンや看板の類は見当たらなかった。 
    当然昼間からそれらしいものが見えるわけもなく、僕は近くの喫茶店や本屋で日が暮れるまでの間、時間をつぶした。 
    太陽が沈み、会社員たちが仕事を終えて街に繰り出し始めると、このあたりは俄かに活気づいてくる。店の軒先に明かりが灯り、陽気な話し声が往来に響き始める。 
    その行き交う人々の群の中で一人立ち止まり、じっと空を見ていた。 
    曇っているのか月の光はほとんどなく、夜空の向こうにそれらしい影はまったく見えなかった。 
    仮に…… と想像する。 

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    大学一回生の春だった。 
    そのころ僕は、同じ大学の先輩だったある女性につきまとっていた。
    もちろんストーカーとしてではない。 
    初めて街なかで見かけたとき、彼女は無数の霊を連れて歩いていた。子どもの頃から霊感が強く、様々な恐ろしい体験をしてきた僕でも、その超然とした姿には真似の出来ない底知れないものを感じた。 
    そしてほどなくして大学のキャンパスで彼女と再会したときに、僕の大学生活が、いや、人生が決まったと言っても過言ではなかった。しかし言葉を交わしたはずの僕のことは、
    全く覚えてはいなかったのだが。 
    『どこかで見たような幽霊だな』 
    顔を見ながら、そんなことを言われたものだった。 
    そして、綿が水を吸うように、気がつくと僕は彼女の撒き散らす独特の、そして強烈な個性に、思想に、思考に、そして無軌道な行動に心酔していた。 
    いや、心酔というと少し違うかも知れない。ある意味で、僕の、すべてだった。 
    師匠と呼んでつきまとっていたその彼女に、ある日こんなことを言われた。 

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    「座敷牢で死んだ伯父は密かに葬られたようですが、その後彼の怨念はこの地下室に満ち、そして六間の通路に溢れ出し、やがて本宅をも蝕んで多くの凶事、災いをもたらしたとされています」 
    師匠は机の上に積み重ねられた古文書を叩いて見せた。 
    その時、真奈美さんの顔色が変わった。そして自分の両手で肩を抱き、怯えた表情をして小刻みに震え始めたのだ。 
    「わたしが………… ぶつかったのは…………」 
    ごくりと唾を飲みながら硬直した顔から眼球だけを動かして、入ってきた狭い扉の方を盗み見るような様子だった。 
    その扉の先の、地下通路を目線の端に捕らえようとして、そしてそうしてしまうことを畏れているのだ。 
    師匠は頷いて一冊のノートを取り出した。 
    「あなたのお祖父さんも、何度か真っ暗なこの通路でなにか得体の知れないものにぶつかり、そのことに恐怖と興味を抱いて色々と調べていたようです。 
    このノートは失礼ながら読ませていただいたお祖父さんの日記です。 

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    頼りなくまたたいている明かりの下、最初の曲がり角を越えると土蔵の入り口が見えた。そろそろと歩み寄り、小さな鉄製の扉を手前に引く。 
    きぃ…… 
    耳障りな音がして、同時に真っ暗な扉の奥からどこか生ぬるいような空気が漏れ出てくる。扉は狭く、それほど大柄でもない真奈美でも、身を屈めないと入ることが出来ない。 
    真奈美は身体を半分だけ扉の中に入れ、腕を回りこませて壁際を探る。白熱灯の光が、暗かった土蔵の中に広がった。ホッと人心地がつく。 
    もはやそれを手に取る主のいない骨董品や古民具の類が、四方の壁に並べられた棚や箪笥の上にひっそりと置かれている。 
    本当に値打ちのあるものは終戦の前後に処分したと聞いているので、今残っているのはそれを代々受け継いできた自分たちの一族にしか価値のないもののはずだった。 
    真奈美は懐から写真を取り出す。ご丁寧にも叔父が、くだんの茶壷が紹介された雑誌の切抜きを送ってきたのだった。 
    それと見比べながら、壷などが並べられている一角を往復していると、どうやらこのことらしい、というものを見つけることが出来た。 
    なるほど、形や色合いは確かに似ている。しかし手に取ってみるとやけに軽く、まじまじと表面を眺めると造作も安っぽく思われた。 
    やはり叔父の思い違いだ。そう思うと少し楽しくなった。 

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    「二年くらい前だったかな。ある旧家のお嬢さんからの依頼で、その家に行ったことがあってな」 
    オイルランプが照らす暗闇の中、加奈子さんが囁くように口を動かす。 
    「その家はかなり大きな敷地の真ん中に本宅があって、そこで家族五人と住み込みの家政婦一人の計六人が暮してたんだ。家族構成は、まず依頼人の真奈美さん。 
    彼女は二十六歳で、家事手伝いをしていた。それから妹の貴子さんは大学生。あとお父さんとお母さん、それに八十過ぎのおばあちゃんがいた。 
    敷地内にはけっこう大きな離れもあったんだけど、昔よりも家族が減ったせいで物置としてしか使っていないらしかった。その一帯の地主の一族でね。 
    一家の大黒柱のお父さんは今や普通の勤め人だったし、先祖伝来の土地だけは売るほどあるけど生活自体はそれほど裕福というわけでもなかったみたいだ。 
    その敷地の隅は駐車場になってて、車が四台も置けるスペースがあった。今はそんな更地だけど、戦前にはその一角にも屋敷の一部が伸びていた」 
    蔵がね…… 
    あったんだ。 
    ランプの明かりが一瞬、ゆらりと身をくねらせる。 

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    そのとき、強い風が吹いて全員の髪の毛をなぶった。髪の短い方が、その髪を手で押さえながら、不快げに眉間を寄せる。 

    「おいおい、あのときの覗き魔かよ。憑りつかれてるのか思ったのに、仲良しこよしじゃないか!」 

    一人で笑っている師匠に、女の子たちの空気が凍りついた。 

    「なにを言っているの」 

    髪の短い方が冷淡に言い放つ。 

    「なにって、しらばっくれるなよ。ひっかいてやったろ」 

    指先を曲げて猫のような仕草を見せる師匠の言葉に、彼女は怪訝な顔をする。
    師匠もすぐに彼女の顔を凝視して、おや、という表情をした。 

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    「曽我タケヒロか」 

    師匠はその住所をメモして友人の家を出た。 
    曽我の住んでいるアパートは市内の外れにあり、僕は師匠を自転車の後ろに乗せてすぐにそこへ向かった。 
    アパートはすぐに分かり、表札のないドアをノックしていると、隣の部屋から
    無精ひげを生やした男が出てきて、こう言った。 

    「引っ越したよ」 


    「いつですか」 

    ぼりぼりと顎を掻きながら

    「四、五日前」

    と答える。ここに住んでいたのが、曽我という学生だったことを確認して、
    引越し先を知りたいから大家はどこにいるのかと重ねて訊いた。 
    すると、その隣人は

    「なんか、当日に急に引っ越すからって連絡があって、
    敷金のこともあるのに引越し先も言わないで消えた、って大家がぶつぶつ言ってたよ」

    と教えてくれた。 

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    大学二回生の夏。風の強い日のことだった。 
    家にいる時から窓ガラスがしきりにガタガタと揺れていて、嵐にでもなるのかと何度も外を見たが、空は晴れていた。変な天気だな。そう思いながら過ごしていると、加奈子さんという大学の先輩に電話で呼び出された。 
    家の外に出たときも顔に強い風が吹き付けてきて、自転車に乗って街を走っている間中、ビュウビュウという音が耳をなぶった。 
    街を歩く女性たちのスカートがめくれそうになり、それをきゃあきゃあ言いながら両手で押さえている様子は眼福であったが、地面の上の埃だかなんだかが舞い上がり顔に吹き付けてくるのには閉口した。 
    うっぷ、と息が詰まる。 
    風向きも、あっちから吹いたり、こっちから吹いたりと、全く定まらない。台風でも近づいてきているのだろうか。しかし新聞では見た覚えがない。
    天気予報でもそんなことは言っていなかったように思うが…… 
    そんなことを考えていると、いつの間にか目的の場所にたどり着いていた。
     

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    A子が小学時代の話なんだけど(学年はわからない)、A子の小学校の周りには 
    川があって、ある日その川のほうから大勢の子どもの笑い声が聞こえてきたんだって。 

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