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山行6日目、3000メートルから一気に高度を下げる
行程は、その一年坊にとって地獄そのものだったろう。

歩き始めてすぐ、彼の顔色が非常に悪い事に気付いた。
先頭を歩いていた俺は、彼に俺のすぐ後ろにつくよう指示し、
ザックを降ろさせ、彼のザックを、俺のザックの上に細紐で
しっかり固定した。

一呼吸入れて歩き出し、ふと気付くと奴が居た。
山に入ってから、ずっと俺の視界ギリギリのところに居続けていた
あの男が今は、すぐそばに居る。
先頭の俺と二番目を歩く一年坊の間に。

ようやくテント場に着いたが、その一年坊は、テントで横に
なったきり、ほとんど動けない。
そして、図々しい事に「奴」はテントの中にまで入り込んできた。
奴は笑顔で包み込むように一年坊を外へと誘い、その都度、
動けないはずの一年坊がトイレやその他の用足しにテントの外へ出る。
俺は二人に付いて行き、奴は俺に対する不満を募らせていた。

奴は一晩中、一年坊を誘い続け、誘われるままに動きつづける
一年坊の消耗は目に見えるほどだったし、それに付き合わされる
俺にとっても、決して楽しい夜ではなかった。
一年坊と奴の間に割って入り、奴の目を何度も睨みつけた。

奴はやたら不機嫌になり、夜明け近く、初めて俺に声をかけてきた。
「どうして駄目なんだよ」

朝になると、奴は居なかった。
一年坊は、時間が過ぎるほどに元気を取り戻しているようだ。

テント場を出発した俺達の正面に、奴が居た。
奴を初めて見た場所だ。
遭難者の遺体を焼いた事もある広場。

右の首筋あたりで声が聞こえた。
「お前は、二度と来るな」

否定的に考えれば、俺自身もかなり疲れていたし、それが原因で
ありもしない何かが見えたような気がしているだけもしれない。
そうした可能性は否定しないし、多くの場合、超常現象(と思える体験)の
真相は、そんなものだろうと思ってもいる。
だが、俺自身の実感としては、その頃は妙なものをよく見ていた(と思える)
時期でもある。