fujikotanuki_TP_V

町まで買い物に出て峠越えの近道で帰るところだった。
だから鉄砲はもちろん山刀も持ってなかった。
町にはなんと、かんざしを買いに行ったってことだった。

娘、俺の母親だな・・・にくれてやるためと言ってたが、これは怪しいもんだと思ったね。
ずいぶんと浮気をしてたって話も聞いてたから。
それはともかく、昔の人は1日歩きづめでもまったく平気だったらしいな。
じいさんが提灯を下げて林の中を歩いてると、
いつの間にか道の前に人の姿がある。あでやかな着物を着た娘っ子のようだ。
こんな夜更けに若い女が一人で歩いてるなんてありえない話で、
じいさんは「ははあ、狸か狐だろう」ってすぐに察したそうだ。

でね、面白くなって、相手がどう出るか見てやることにした。
化かしにきたんだろうが、夜道の退屈しのぎに逆にこらしめてやろうと思ったらしい。
足を早めて娘に追いつき横に出ると、娘はなぜか手に風車を持ってた。
娘がじいさんのほうを見てしなを作ったときには、笑いをこらえるのに苦労したそうだ。
で、「夜道は心細いので、御同道してもらえれば心強い」みたいなことを言う。
じいさんは「いいすよ」と答えて、しばらく並んで歩いた。
そのうちに娘が、じいさんに「刃物は持っておりますか」と聞いたそうだ。
じいさんが「持ってない」と答えると、娘は心なしか笑って、
「この風車、弟にやろうと思って買ってきたものの、回りが悪くて。
 ちょっと見ていただけませんか」と言ってきた。

立ち止まってじいさんが風車を手に取ろうとしたが、娘は離さない。
娘がじいさんの顔に風車を向けると、くるりくるりと回って、
それを見ているうちに頭がぼうっとなってきた。
じいさんは「これはいかん、化かされてしまう」と思い、
懐に入れたかんざしは紙に包んであったが、そのまま先っぽで自分の腿のあたりを突いた。
その痛みで我に返ったじいさんは、手を伸ばしてぐっと風車をつかんだんだ。
「ぴー」という鳴き声がして、じいさんの手には、ぼうぼうの狸のしっぽが握られていたんだ。
まだ若い雌の狸だったそうだ。
じいさんは、「俺の目を回そうったってそうはいかん。お前のほうが目が回れ」
そう言って、二、三度狸を振り回してから脇の薮に放り捨てたんだ。

ザザッと逃げていく音がしたそうだ。
じいさんは一人で大笑いしながら、足取りを早めて村に入ったんだ。
家に着いたときは明け方近くになってた。
で、懐から紙包みを出し、開けて見て驚いた。いつの間にか赤い珊瑚の飾りのかんざしが、
ごていねいに一つ実をつけた木の枝に変わっていたんだそうだ。
「いや、このときはやられた。始めからこれをねらってたんだな。
 それにしてもずる賢いもんだ。お前も覚えておけ。
 狸ってのは自分のしっぽを回して人を術にかけようとする。
 だけどもよ、俺は酒飲まなかったからこの程度で済んでたんだ。
 酒好きなやつは、もっと手ひどい化かされかたをしたぞ」こんなふうに話した。
じいさんも年とって山へ行かなくなってからは酒を飲むようになり、
それからしばらくして卒中で死んだよ。