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仕事についてまだ間もない頃、山の中で酒の匂いを嗅いだという。
鼻をひくつかせながら匂いを辿ると、やがて液体を溜め込んだ木の洞を見つけた。
指に漬けて、恐る恐る舐めてみる。

「酒だ。こんな所に酒が出来てる!」
手で掬って一口呑んでみた。美味い。

先輩の杣へ伝えに行くとこう言われた。
「一杯おこぼれ与ったんなら、それで終わりにしておけ。
 それは猿酒といってな、この山の猿が拵えてるって話だ。
 猿は猿でも、大物の猿神様だ。
 ちょっとなら目こぼししてくれようが、大っぴらに盗ると罰当てられるぞ」

諫められはしたものの、あの味が忘れられず、帰り際にもう一度寄ってみた。
記憶にあった部分の木には肉が盛り上がり、洞は綺麗に失せていた。
「俺が酒好きなモンだから、猿神様が自慢がてら一杯奢ってくれたのかな。
 畜生、もう一口呑んどきゃよかった」
そう言って残念そうに、しかし嬉しそうに彼は笑っていた。

噂では今でも時折、御裾分けに与る幸運な杣人がいるという噂だ。

下戸である私に酒を語る資格はないかもしれないが、そんな場所にある液体を
平気で口に含むという彼らの行動は、どう考えても理解不能である。