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俺が写真学校の学生だったころ、よく秩父へ遊びに行った。
カノと2人で行ったある小さな寺で、寺のおばあさんが「栗ごはん」を振舞ってくれた。

「残り物だけど」というとおり、量は少なかったけど美味しかった。
そして昔の話をしてくれた。

戦争中は秩父も食糧不足で、とくに不足していた油を使ったものが貴重品だった。
そんなとき「油揚げ」をもらった。
大事に重箱に入れて寺まで帰る途中に、カヤなんかが生えたガケがある。
夜だったので真っ暗、ちょうちんを頼りにあるいてくると、すぐうしろでガラガラ、ドサドサ
ガケ崩れの音がする。

「あっ、大変だ。道がうまっちまうだろうから、明日は道路仕事だな。めんどうなことだ」

と、気が重くなり、そのまま振り向かずにまっすぐに帰った。
次の日、部落(ブロックという意味で部落民ではない)の人と道路工事のつもりで行って見ると
がけ崩れの跡なんか何もない。

「あれ、あんなにすごい音がしたのに?」

結局、狐に化かされたのだろうということだった。
「狐が好物の油揚げが欲しくてガケ崩れの音をさせたのだ。気にしてもどっていたら盗られていた
だろう」と言っていた。

俺はカノと相談して、1,000円づつお布施を置いてきた。