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当時二歳になったばかりの息子が大病を患って 
総合病院に半月ほど入院することになった。 
要付き添いの小児科病棟だったため 
昼間は実母と義母が交代で、夜は仕事が終わり次第に私が付き添った。 

子供を寝かしつけてからリネン室の中にある簡易ベッドを 
引きずり出しているとき子供の泣き声がした。 
ウチの子じゃないな、と思いながら振り返ると 
五歳くらいの女児をおんぶした男性が廊下を歩いている。 
女児が泣き喚き、体を反らしているので 
男性は自然と前かがみになり俯き加減でゆっくり歩いていた。

男性は子供をあやす為に廊下を行ったりきたりしているようだった。 
ベッドを病室に運ぶ途中ですれ違ったので軽く挨拶すると 
男性は困ったような笑みを浮かべて会釈した。 

ベッドに横になっていると女児の泣き続けている声が 
遠ざかったり近づいたりして一晩が過ぎた。 
眠れないのは困ると思ったが神経が張り詰めているのか割と平気だった。 

泣く女児をおんぶして歩く男性の姿は毎日見られた。 
三日もすると泣き声も気にならなくなり 
泣き声の途中で「ママ、ママ」と呟く女児や 
「いい子、いい子。マイちゃんはいい子だね。」と 
女児をあやす声も心地よいBGMとして眠ることができた。

退院前夜、手洗い場で歯を磨いているとまた泣き声が聞こえた。 
歯を磨きながら鏡を見ていたが通るはずの親子が見えない。 
振り返って声のするほうを見たら後姿が霞んで見えた。 
あぁ、あの二人は彷徨っているのか。 
納得したと同時に悲しくて悲しくて仕方なかった。 

三年前、病院は移転のため取り壊された。 
この時期になると今もあのやさしい男性の声を思い出す。