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「……あれで良かったのか?」 

「え?」 

観光でも、と言った俺の申し出を蹴って先輩が言う。 
救われない少女を救出した気分だった俺の心に暗雲が垂れこめる。 

「悪夢に関しては解決だろうな。けど、これからどうなるかはわからない」 

「なんでです?俺達はちゃんと……」 

「何故、あの人だけ悪夢を見ていたと思う?」 

Oさんだけ夢を見ていた理由……? 

「ええと……別の家の人間だから、でしょうか」 

「正解。それがわかってるならあと一歩だ」 

先輩が笑う。例の黒い笑み。 
ああそうだ。久しぶりすぎて忘れていた。 
この人がただの善行を行うはずがないのだ。 
例え人の命が、あるいは自分の命がかかっていても、面白くなるならば良いと言い切るような人なのだ。 
何かある。 
そしてそれは、あの家筋に関係する事なのだ。 

「……わからないか」 

悔しいが、首肯するより無かった。

俺は、座敷牢に向かって手を合わせた。 
きっと、さっき見た女の子はこの中で死んだのだろう。 
そして、今も……。 
事情はわからないまでも、ひどく憐れに思えた。 
急に人が動いたからか、足元を鼠が逃げるように走った。 
俺と先輩は、屋根裏から降りる事にした。 

「あの、どうでした?」 

階段の下で待っていたOさんに笑いかける。 

「もう大丈夫だと思います。ただ、たまには屋根裏の掃除くらいした方がいいかもしれませんね」 

「そ、そうですか」 

「とりあえず様子見で、また何かあったら連絡ください」 

Oさんは不思議そうな顔をしているが、一人では屋根裏に入る勇気が無いのだろう。 
多分、わからないなりに原因に触れる恐怖を感じているのだ。 
俺達はOさんに挨拶して、また箱バンに乗り込んだ。

「ここ、高知は……というか、四国全土なんだが、狐がいない。そのせいか、管狐信仰の変形のような呪術が土着していた」 

あ、と思った。 
そうだ、高知、それから徳島なんかは特に有名。 
あれだ。 

「犬神筋……!」 

「その通り。高知で家筋に関係があるとなれば、まずそこだろう。特にあの苗字、高知じゃ珍しくもないが他所じゃ少ない。まず間違いなく犬神持ちだ」 

「でも、流石にもう廃れてると思うんですが……」 

「不勉強だぞ。犬神っていうのは、管狐なんかと違って祭ってやれば加護を得られるもんじゃない。子々孫々受け継がれて行く呪いなんだ」 

先輩の喉が鳴った。 
久しぶりに俺の驚く顔が見れて嬉しいのだろう。 

「あの座敷牢、お前は女の子を見た。勿論それは俺も見た。だけど、あの女の子はいわば生贄だ。一緒に閉じ込められていたのが何だったか、お前には見えなかったのか?」 

「何だったんですか?」 

「鼠みたいな、イタチみたいな、小さい獣だよ。それも一匹二匹じゃない」 

俺の足元を走った獣。 
あれは、まさか。 

「なら、何故Oさんに夢を?自分がここにいる事を知って欲しかったんじゃないですか?」 

「あの顔はそうじゃない。あの女の子は、幼いながらも役割を理解していた。恐らく、あれは救助信号じゃなく警告だ。ここを出ろ、ってな」

ポケットの中にごりっとした感触がある。 
もぎ取った鍵をそのまま持ってきてしまった事を思い出す。 
犬神は管狐と違って呪いとして扱われる事が多い。 
それは何故か。俺は知っている。 
飼い主であろうと噛み付く、その扱いにくさが原因だ。 

「俺、言った方がいいんですかね」 

「さぁな。犬神は富をもたらす側面もある。Oさんの顔を見たろ?あれが参ってる人間の顔か?」 

確かに、そう言われればそんな気もする。 
これは空想に過ぎないが、あの家は代々犬神によって栄えていて、しかしある代で犬神の呪いが身内に振りかかる。 
娘を生贄になんとか封印し、呪いから逃れはしたが同時に犬神の力も失った。 
そして、寂れていく一方だったお家の再興を誰かが望んだとしたら。 
例えばOさんの奥さん、あるいはその両親。 
Oさんは体の良い人身御供として扱われたのではないか。 
閉じ込めた家筋の者と無関係な俺達が犬神を開放する事で、その呪いから逃れられるのではないか? 
いや、支離滅裂すぎる。ありえない。 
俺は頭をぶんぶんと振る。 

「こらこら、前見て運転しろ。お前が何を空想したか知らんが、俺のだってただの仮定の話だ。気にするな、多分俺達は正しい事をしたのさ」 

しかしその表情は正義の味方には程遠い。 
また来よう、と言う先輩を、俺は無視した。 
その晩、俺の夢に例の少女が出てきた。 
ひどく悲しそうな顔をしていたが、それが本当に彼女からのメッセージだったのか、あるいは俺の心配が夢に顕れたのかはわからない。 

Oさんはすぐに転勤し、連絡先もわからなくなった。