KAI427010_TP_V

ガラガラガラガラ・・・ 


心臓が飛び出るのではないかと思いました。 
誰かが戸を開けて入ってきました。Iだろうか?それともこの家の人だろうか?と思っていましたが、女子は顔を強張らせてこっちをみています。あの女だ。 

反射的に押入れに手をやりました。押入れの中は新聞紙が敷いてあるだけでした。僕は女子そっちのけでなかに入ります。それに続いて女子も。すっと閉め、息を殺しました。 
その直後ぎしぎし・・・と足音が聞こえてきました。脂汗が吹き出てきます。しばらくぎしぎしと音が鳴り。辺りを探していました。 

よく聞くと「ほほほほほほほっほほほほほほほほほほほほほほほほほ・・・。」と笑っているような声が聞こえました。 

女の人の金きり声のようでした。ドクドクと心臓が高鳴ります。ふいに、物音がしなくなりました。女の声も聞こえません。無音になりました。僕は女子の顔をみようと顔を上げました。 



「そこかぁ。」 



シュッと戸が開き、向こうから腕が伸びてきました。手は血で赤く染まっていました。
その手は女子の首を掴み居間へと引きずり出しました。「いやああああああああああぁぁああ。」と叫ぶ声が聞こえます。 
僕は咄嗟に押入れから飛び出しました。彼女を助けるためではありません。
今なら逃げ出せる、と思ったからです。 

中腰のまま僕は飛び出ました。女は僕に気付き、「あはっ。」と笑い声を出しました。そこで女の顔を僕はのぞいてしまいました。 
顔色は薄い灰色で返り血や電球のオレンジ色で変な抽象画をみているようでした。唇は不自然な程潤っていて、異常なほど口端を吊り上げていました。 

目は明らかに焦点があっておらず、半分白目のようでした。口からは「ほほほほほ・・・」と空気の漏れるかのような音をだしています。 
女は左手で女子の首を抱え、右手のナタを僕に向かって振り下ろしてきました。 

シュト! 

目の前に芋虫のようなものがくるくると飛んできました。
なんだあれは、と目をこらすとそれは指でした。状況が判断できず、それでも逃げようと左手を床についたとき、いつもある左手の小指と薬指がなく、代わりに飛び散った血がありました。 

「びゃぁああうううう・・・。」情けない声を出して僕は畳を転げ回りました。全身の毛が逆立ち、耐え難い苦痛が僕を襲いました。心臓が早鐘をうっています。それでも僕は左手を押さえながら、
必死に玄関に向かいました。 

「いやっいやだぁああ!ああああああ!」と必死に叫ぶ声と食器をひっくり返す音を背後に聞きながら僕は玄関を出ました。誰でもいいから助けてください。自分の血が服につき、涙と汗で顔がグシャグシャになっていました。 
来た道を必死に思い出し走りました。あああああと叫び声を上げていました。砂利を踏む音がアスファルトに変わっていったのは走り出してしばらくしてからのことでした。 

ここから後は記憶が飛んでいて、次に思い出せるのは病院で目をさましたところからです。 
あのとき、通りかかった人が血だらけにいなりながら泣き喚いている僕を見つけ、近くの労災病院に運んでくれたらしいです。 

両親は警察に被害届を出しておらず、(普段でも家に帰ってこないことは日常茶飯事でした。) 
両親が病院に駆けつけたのは僕が目を覚まして両親の名前と住所を言ってからのことでした。 
次第に落ち着いてきた僕は起こったことを医師や両親に話しました。肝試しをしにここに来たこと。歩いていたら、景色が変わっていったこと。 

ナタを持った女が襲い掛かってきたこと、女子3人が見ているかぎりもう死んでしまったこと。 
僕がこのことを喋ったことで始めて事件としてみてもらえるようになりました。 

しかし、5人のうち、女子3人の遺体は発見されず、行方不明者扱いになってしまいました。 
Iの行方もいまだに分かりません。

おそらく女に見つかってしまったのではないかと思います。 

しかし、Hだけは、自宅にもどり、今回の事件のことを話さないでいたとのことです。目を覚ましてから2日後、Hが僕の病室を訪れました。 


「○野(僕の名前)お前に話しておきたいことがあるんやけど・・・。」Hは第一声にこう切り出した後、「とりあえず、助かってよかった。」といいました。
Hのどの言葉がカンに触ったのかはよく分かりませんが、一気に頭に血が上りました。

「おんまえ!なにがよかったじゃボケが! 
てめえがさそわんけりゃこんなことにならんかじゃこのダボが!」 

他にも汚い言葉をHにぶつけたような気がします。 
Hは黙って聞いていて僕が1通り言い終えると「実は。」と言い出しました。 

ここからはHがいったことを簡単にまとめたことを書いていきます。 

実はHはあの場所に行くのは2回目だということ。 
高校に入る前に地元の先輩に誘われて、社交辞令的な感じでいき、
同じように景色が変わり始めたこと。 

「篠原」という家に連れて行かれ、同じようにナタを持った女に襲われたこと。 
そして先輩の1人が止めようとして腹を切られてしまったこと。 
残りの先輩たちと命からがら逃げたこと。 
そしてこの肝試しを考えた先輩がこういってきたこと。 


「あの女からは絶対に生き延びられない。女は自分を知っている奴らの四肢を少しずつあの世界から奪いに来る。そしていつかは手足の無くなった俺の首を落としに来るだろう。」 

「ただ、あの女から殺される時間を少しだけ延ばす方法がある。それはあの女の存在を知らない奴にあの女のことを記憶させること。」 

「女は自分のことを知っている奴らを無差別に殺して回っている。裏を返せば、あの女の存在を1人でも多くの人間に記憶させれば、自分が四肢をもがれる可能性が少なくなる。」 

「俺は前にも同じ目に会ってあの女の存在を知らされてしまった。俺は少しでも死ぬ可能性を低くするため、お前らにあの女を記憶させた。お前らも少しでも生きたかったら、あの女の存在を他の誰かに知らせてくれ。」 


そしてその4ヶ月後、Hはバイク事故という形で右足をもがれたこと。 
事故にあったときその女が視界の端にみえたこと。 
そしてあの女が自分の右足を掴んで笑っていたこと。 
そのことに恐怖を覚えたHは仲間である俺たちにもあの女の存在を知らせようと思ったこと。 


僕はただ唖然としていました。Hは「すまん。」と短くいうと席を立ち静かに去っていきました。
外ではウグイスがないていました。

この話は上でも話したとおり、9年近く前の話です。あのときから僕は今までのことは忘れようと考え、生活してきました。退院してからなんとか学校にはいこうとしたのですが、休みがちになり、
結局、中退という形をとりました。 

そのあと、通信制の学校に入り直し、弁当屋を手伝いながら、勉強していました。1年前僕は階段から落ち、打ち所が悪かったのか左足を骨折しました。 
そして階段から落ちるさなか、階段の上から異常な程に唇をつりあがらせたあの女がいました。入院を余儀なくされた僕は左足にギプスをつけ、通信制の高校の勉強をしていました。 

入院してから左足が熱を持ち始めて痛みを持ち始めたため、医師に頼んでギプスを外して診てもらうと僕の左足はすねから下が腐っていました。切断を余儀なくされました。
あの女に左足を持っていかれた。そう思いました。


そして、Hと同じ考えを持つようになりました。 誰かにあの女の存在を教えてやろうと。 


ここで一番上の「お願い」について話していきたいと思います。 

左足と左薬指、中指は僕があの女に「持っていかれた」部位です。やってくださった方はこれで僕がどこを切断したかを確認していただけたと思います。 
次に、僕はこの話をできるだけ「細かく」「詳しく」書きました。それは少しでも読者の方々にあのときの描写を想像してもらおうと思ったからです。 

つまり、皆さんにもぼくの「あの女についての記憶」を共有してもらい、僕が次に四肢を失う確立を少しでも下げようということです。本当に申し訳ありません。 
身の保身のためだけに今回書かせていただきました。 

しかし、これを書いていて安心している僕もいます。せめてもということで皆さんのところにあの女がくることが無いように祈っています。