ある時祖母は、あの祠のことについて話してくれました。
悪霊というのは、どこからどこへ移動するわけでもなく、ふと気まぐれに表れてくるもので、その表れてくる玄関は、
「神がかり」になった人間ならわかる(多分あの時の祖母自身のことでしょう。そしてその場所があの空き地だったと)。
悪霊というのはまったくの無慈悲なので、一番最初に心が病んだ子供や女や老人を襲う(発達障害を疑われていた私も含まれるでしょう)。
また、悪霊が通り易い方角というのは大体決まっていて、その方角に当時の祖父母の家はぴったり一致していた。
つまり祖母は、自分を守ると同時に、私も守ろうとしていたのです。
とはいえ、薄情と思われるかもしれませんが、いきなりそんな話をされても私はピンと来ません。
私個人はその教団に入ってませんが、何か割り切れないものがあり、教団本部に手紙を書きました。
祖父の役職のお陰か、教団からはこちらがびっくりするほど丁寧なお返事をいただき、一人教団員を派遣して調査する、といった話になりました。
正直こんな事態になるとは思ってませんでした。
就職活動などもあり、教団からの話を思い出したのは、社会人になってはじめて帰省する時でした。
電話で教団と連絡を取り、調査していただく方、Aさんとしますが(40過ぎの女性でした)、彼女と一緒に帰省することになりました。
電話で幹部の方とお話した際、とても軽い調子で「テレビに出てくる霊媒師みたいなもんだよ」と言われましたが、
とてもそんな風には見えず、テレビや雑誌の話などをする、どこにでもいる普通の中年女性でした。
Aさんとの珍道中は省きます。
Aさんと問題の祠が建っていた場所に行きました。近くにコンビニなどが出来ていて、当時の面影はまったくありません。
そこに建っていたビルも、改修か建て替えたのか、当時とはまったく形が違うビルになっていました。
私がそこだと言うと、Aさんはビル全体を見渡し、周りを見渡しただけで、「わかりました」と言いました。
(え? 終わり?)
拍子抜けです。
続いて祖父母の家があった場所。大型スーパーの駐車場になっていました。
ここでもAさんは「わかりました」だけ。
そこから母の家は歩いて30分程度です。
家に帰りAさんの話を聞きます。母親は祖父母の宗教をあまり好ましく思ってないはずなのですが、好奇心に負けてか
テーブルの一角を陣取っています。
世間話が一通り済んだあと、Aさんはこんなことを言います。
「おじいちゃんの家の近くで、子供が不幸な亡くなり方してませんか?」
母は驚きながら答えます。
「ええ、近所で、高校受験に失敗した子が、ノイローゼになって自殺したらしいです」
「え、うそ」と私。
「ほんとほんと、あんたが大学行ったすぐあとぐらいだったかな」
Aさんの推測によると、祖母が頼み込んで設置してもらった神棚は、しばらくはちゃんと封じ込めとして機能していたけれど、
ビルの建て替えか、その会社が移転したかで、霊の玄関が開いたままになっていたのではないか、と。
「じゃあ、あの建て替えられたビルには神棚なんてないでしょうし、どうすればいいんですか?」
Aさんはお菓子をつまみながら世間話のように答えます。
「ああ、あれはもう大丈夫。だいぶ力はなくなってきてるみたい。それに、バレエ教室があったでしょ」
そう言われれば。
「霊にもよりますけど、ダンスや音楽で結構鎮めることができるんですよ。逆にそっちのが昔からの伝統的な、万国共通の霊の鎮め方なんですよね」
「はあ」
なんというか、肩透かしというか。
「亡くなられたお子さんも、いいご家族なのでしょう、この世に残ってはいません」
私はなんとなく居心地悪い感じがします。
「でも私のせいでそんな……」
「あなたのせいではないですよ。霊の玄関が開くのは自然災害みたいなものです。おばあちゃんはできることをやって、あなたを守った。それだけで立派です」
私は少し気分が軽くなりました。
なんというか、いろいろな世界があるな、と思った事件でした。
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