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翌朝は以前にも感じた嫌な感覚で目覚めた。階下で人が騒いでいる。 
またか、と言う気持ちと薄ら怖い気持ちを振り払うように階段を下りると母親の泣き叫ぶ声が聞こえた。 
「○○ちゃん、ごめんね」 
そう何度も繰り返していた。姉に対する言葉だった。声の方向は祖父の部屋の方だった。 
正面に見えた祖父の部屋の障子が開きその中に不自然に高い位置に姉の肩が見えた。 
駆け出して近づくと、祖父の部屋の鴨居に祖父の形見の着物の帯で首を吊った姉の姿があった。 
「なぜ…」 
昨日、私に本をくれた姉に変わった所は何も感じられなかったのに。 
しかも明日は6月20日で姉の20歳の誕生日だったのに。 
普段あまり仲良くしていた記憶の無い姉の死がまるで自分の身体の一部を削がれるような痛みになって襲いかかる、 
そんな感覚で通夜や葬儀の事はあまり覚えていない。 
ただ、通夜と葬儀の間ずっと「ごめんね、ごめんね」と言い続ける母親の声だけが耳に残っていた。

 
四十九日の法要の前に親とお寺の人の会話が耳に入った。「祥月命日の供養は同じで」その意味を知るのは後々になってからだった。 
姉の死から数年経って部屋の片付けをしていると、本棚の一番奥に一冊の本を見つけた。見覚えのある表紙と帯封、そこには姉の字で「高校生の君へ」と書かれていた。思い出した、姉の自殺した日に貰った本。 
高校生になっていた私は、姉の死の真実が少しは解るかも知れないと帯封を切る事にした。その本の内容が理解出来るか私には自信が無かったが、とにかく読んでみようと本を開いた。 
中身を見て驚いた。開いたページには文字が無く真っ白。何も書かれていないのだ。妙なイタズラなのかと思った瞬間、ページがバラバラと落ちてきた。よく見るとそれはページの大きさに切られた別の紙。 
そこには見覚えのある姉の字で何か書かれている。拾い集めて読んでみると信じられない内容だった。 
全文は長く個人情報もあるので内容をかいつまんで話すと、まず、祖父を殺したのは姉だとあった。「あの夜、あなたは私を見たでしょ。私はあの夜、あの人の酸素チューブを折り曲げ、鼻と口に濡れた新聞をかけて息を止めたの」

姉は私の存在にも気付いていた。そして私がお金だと思ったのは濡れた新聞だったのだ。姉の告白は続く。 
「あなたと私は8歳の年の差があるけど、私達の間にはあなたの兄にあたる人が居たの」初耳だった。親にそんな話しは聞かされていない。「その子もお爺ちゃん子であの人の所でよく遊んでいた。 
でもある日、あの人が居ない間にあの部屋で首を吊って死んだの」声も出ない衝撃と、思わず手紙を捨てるほどの恐怖がその後に綴られていた。 
「その日、その子の8歳の誕生日のプレゼントに自転車を買うために、あの人は朝から出かけていた。まだ2歳だったあなたを連れてね。」 
姉と兄は2歳の差だったようだ。「姿が見えないその子を探してあの人の部屋に行くと、踏み台に上り着物の帯を鴨居に掛けて首を吊ろうとするその子を見つけたの。目が合った時、小さな声で 
『お姉ちゃん…』と言ったその子が顔をクシャクシャにして泣いていた」たった8歳の子が首をくくるほどの事なんてあるのか。私には信じられなかった。しかし、その続きはもっと信じられなかった。

「止めようと駆け寄ったけど、私にはそれが彼のためにはならない、止めた後で私には何もしてあげられないと思い、 
私に出来たのは恐さで思い切れない彼の足元の踏み台を外してあげる事だけだった。」 
兄にあたる人も姉の手によって命を断たれたというのだ。 
しかし、なぜ幼い姉がそうまで思い詰めたのか、その理由が自分にも関わる事になるとは思いもせず先を読み続けた。 
「あの人は子供が大好きだったの。私もあの子も、そしてあなたも、みんなあの人に愛されていた。」お爺ちゃんは確かに私達を大事にしてくれた。 
「でもその愛情は異常なもので、ただ可愛がるだけではなく性的な嗜好の対象でもあった。あの子は物心がついた後も 
その相手にさるていたから、大好きなお爺ちゃんと性的な虐待をするお爺ちゃんの事を 
親にも言えずに苦しんでいた。だけど私には助ける事も出来ず苦しみから逃げさせてあげるにはああする事しか出来なかった。」 
手紙の文字を目で追いながら色んな記憶が頭に溢れてきた。手紙は最後の一枚になった。

「あの夜、あの人の息を止めたのは、まだ幼いあなたにこれ以上の苦しみを味あわせないため。 
もうやめてと言った私に『言う事を聞かないと全部みんなに話す』と言ったあの人を止めるためだったの。これを読むあなたが理解してくれる年齢になっている事を願います。」 
その後には両親を責めないようにと書いてあった。祖父は私達子供には優しかったが、家族の者には厳格で手を挙げる事もあった。 
全ての記憶が戻ってくるような感覚があった。忘れよう、覚えてないようにしようと封印されてた祖父との記憶が溢れ出てきた。 
確かに、祖父はまだ幼かった私の身体を愛撫し舐めまわしていた。何でも買ってくれて優しいお爺ちゃんのする事だけど、気付かないふりをして知らないふりを続けていたのだ。姉はそれを全て知っていた。 
後日、犯罪現場に行くような思いで祖父の部屋を通って仏間にある位牌を手に取ってよく見てみると、確かにその一つの俗名が男で享年が9歳となっている物がある。 
新しい位牌は姉の物、他より立派に見えるのは祖父の物だった。仏壇の壁に貼られた紙に目をやって新たな恐怖に襲われた。 
そこには祥月命日が記されいるのだが、要はそれは亡くなった日である。

そこには私の兄にあたる人の命日、2月19日。祖父の命日、6月19日。姉の命日、8月19日。 
兄にあたる人は享年9歳、祖父が享年79歳、姉は19歳。 
私は今年の4月19日に19歳の誕生日を迎える。生きてるのかな。 


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