NAT88_ajisaitohokora_TP_V
暗闇の中に誰かがいる・・・ 

あれは・・・そう、あれは宿を教えてくれた老婆だ・・・間違いない・・・ 

次第に老婆が近づいてくる・・・なんだ? 自分に何か用なのか・・・? 
老婆はそのまま目の前まで来るとピタリと止まり、今までずっとうつむいて見えなかった顔をぐるんを上に向けて 
こちらを見ると・・・ニヤリと笑った・・・その形相はまるで人間のそれとは明らかに違っていた・・・ 

そして自分は・・・その顔を知っていた・・・ 

よぉ~やくぅ~・・・また会えたな・・・! 待ち遠しいかったぞぇ・・・ひゃっひゃっひゃっ 

老婆の顔はみるみる鬼の様な形相に変わっていった・・・ 

自分はこの老婆を知っている・・・数年前、俺は夢の中でこの老婆に殺されそうになったのだ・・・ 
あの時は五月人形のおかげで運良く命が助かった・・・その時の老婆と今、夢の中で再会してしまった・・・ 
混沌とした意識の中で、逃げなければ・・・と思うのだが体が動かない・・・夢だと判っているのに身動きが取れない・・・ 
あの時と同じだ・・・ 
ようやくワシの娘が年頃になったんでな、おまえを迎えに来たんじゃ・・・! 

老婆は顔中の皺を飴細工のようにぐるぐると動かしながら、勝ち誇った顔で嬉しそうにそう喋り続けた・・・ 
思い返せばあの夢の中で、この老婆は乳母車を押していたような気がする・・・ 

おぬしは自分の意思でここへ来たと思っておるのじゃろう~が、それは大きな間違いじゃぁ~ひょっひょっひょっ 
本来であればあの時、おぬしの魂をこちらへ引き込めたものを・・・口惜しやぁ~・・・! 

ようやく理解した・・・ 
この鬼婆は俺の魂が欲しいんだ・・・逃げなければ・・・しかし体が動かない・・・と、その刹那

チャチャチャチャ~~チャ~ラ~チャッチャチャ~♪ 

突然、胸ポケットから携帯メールの着信音が聞こえた 

自分はビクッとして目がパチリと開くと、驚きでそのまま左横へと転げ落ちた 

ガクガクしながら視線を上げると、目の前に黒い格好をした小さな人のようなものが背を向けて止まっている・・・ 
そいつの前にも、その前にも同じような格好をした人達が行列になっていて微動だにしていない・・・ 
自分は自分が入れられていたものへ視線を移すと、それが籠であることが理解できた 

(こ・・・この行列は籠に、俺を乗せて行進していたのか・・・いったい何故・・・) 

見るとここは丘にある神社に続く石の階段のようである・・・ 
頭上には頂上まで続くであろうと思われる無数の真っ赤な鳥居が並んでいる・・・ 
黒装束の一行は動く気配が無く、手に持つ提灯の灯りだけがゆらゆらと揺れていた・・・ 
そして、彼らの腰から垂れている白い布は・・・布ではなく尻尾だと判った・・・どの黒装束にも尻尾があった・・・ 

自分は直感で今動いてはいけないと感じ、震えながら頭をかかえて一行と視線を合わせないように目を閉じていた・・・ 
これは・・・以前田舎の婆ちゃんから聞いたことがある、狐の嫁入りだ・・・目を合わせたら連れていかれてしまう・・・ 
しばらくして、一行はゆっくりと頂上に向かって登り始めた・・・早く・・・早く通り過ぎてくれ・・・震えながら祈った・・・ 

どれくらい時が経ったのか・・・ 

ふと、感じたことのある気配に気づき、少しだけ目を開けて自分の左横の地面を見た・・・ 

そこには白無垢の着物と真っ赤な草履を履いた女性と思しき人が立ち止まっていた・・・ 
それは紛れも無く花嫁衣裳であり、立っている人は・・・間違いなく・・・葉子さんであることが感じられた・・・ 
足元しか見えないが、はっきりとそう理解できたのである・・・ 
同時に自分は葉子さんが・・・人外の者である、ということも理解してしまった・・・

葉子さん・・・ 
自分は泣きながら迷っていた・・・ 

(俺はこのまま顔を上げて・・・この人と一緒に行ったほうが良いのか・・・) 
たった数日のことだが、本当に愛おしい存在となってしまった彼女と苦しいこの世を逃れ、あちらの世界へ行こうか・・・ 
嗚咽と震えの中で顔を上げようとした時、先程のメールの着信メロディーが一瞬、耳をよぎった 

自分は上げかけた顔を・・・再び下げてしまった・・・ 



葉子さんは静かに・・・本当に静かに上へと歩を進めた・・・ 

自分は長い・・・長い時間、その場所で声を殺して泣き続けた・・・ 

すべての気配が消えた後、静かに目を開けると・・・葉子さんの立っていた足元には、涙の跡と思えるもので濡れていた・・・ 
自分は再び泣いた・・・葉子さん、ごめん・・・ごめん・・・ごめん・・・ごめん・・・ 

そのまま意識を失った・・・ 
気が付くと森に朝日が立ち込めていた・・・山鳥の鳴く声が聞こえる・・・ 

顔中、涙のあとでくしゃくしゃだった・・・ 
呆然とする中で、自分はポケットから携帯を取り出した・・・ 

あの時、籠の中で鳴ったメール・・・それは元彼女からのものだった・・・ 
もしもあの時、メールが来なかったら・・・ 
自分の魂は引き抜かれ、あっちの世界で葉子さんと夫婦になっていたのかも知れない・・・ 


自分はそのまま元彼女に電話をかけた・・・


もしもし?俺クン?あ、メール見た?w そうDVD!うちに置きっぱなしでしょー? 
え?今度一緒に見よう・・・って・・・俺クン、どーしたのー??? だってあたし達・・・ 
うん・・・わかった・・・ホント・・・? うん、嬉しい・・・あ、なんかごめん、嬉しくて涙が・・・あたしもゴメンね・・・うん 


自分は彼女への電話を終えると、宿へと戻ってみた 

そしてそこにあったのは・・・民宿ではなく祠であった・・・さらに大量の枯れ葉がそこにはあった・・・ 
途中にあったはずの鳥居もなくなっている・・・ 
この数日の間の出来事は何だったのか・・・自分は街で稲荷寿司を買ってくると、その祠へお供えしてきた・・・ 

その後、街の駐在所であの丘の神社について聞いてみた・・・ 
分かったのはそこは稲荷神社であること、頂上の神社にはつがいのお稲荷様が祭られていること、しかし雄の稲荷像が 
数年前(以前、老婆が自分の夢に登場した頃)、何者かに盗まれてしまったこと・・・などであった 

何とも言えない気持ちの中、駅で帰りの電車を待っていると、一陣の風が吹いた・・・ 

それは確かに葉子さんの香りを漂わせていた・・・ 
自分は再びこみ上げる想いを我慢しきれず、ホームにうずくまり泣いてしまった・・・ 


あれ以来、しばらくの間はこれで良かったのか・・・と悩むことも多々あった・・・ 
しかし今ではこれで良かった、と思うようにしている・・・ 
本当に愛すべきは、自分をこの世に留まらせてくれた元彼女であって、葉子さんではない・・・と・・・ 
そして葉子さんのつがいの像が1日も早く見つかることを・・・今でも祈っている・・・