188 : 102[sage] 投稿日:2011/07/21(木) 05:02:40.05 ID:K+F3ZuES0 [6/34回(PC)]
最初に映し出されていたものは神楽師のような衣装の袴のようなものだった。 
しかし足袋のあたりはゆらゆらと揺らぐ鬼火の加減でうまく見る事ができない。 

少し上に鏡面を向けようとしたがバックミラーは細かい角度調整が難しく、 
裃のような衣装が見えたかと思った瞬間カクっと上方向に動きすぎて夜空を映し出してしまった。 

微調整できないもどかしさを感じながら焦る気持ちを抑えつつ、もう少し下へ 
鏡面を動かした時、ようやく俺はそれをうまく鏡の中に捉える事ができた。


189 : 102[sage] 投稿日:2011/07/21(木) 05:04:23.73 ID:K+F3ZuES0 [7/34回(PC)]
少しうつむいた様に視線を地面に向けた、暗い洞の様な、どこまでも暗く 
生気を感じさせない両の眼。 
眉は細く、表情の一切を封じ込めたかの様な白い頬。 
額には深い皺が刻み込まれており、眼とは裏腹に唯一表情の様なものを表している 
僅かに吊り上った口元が、言いようの無い違和感を覚えさせる。 

俺が今見たこの特徴のすべてを持つもの。それを俺はひとつしか知らなかった… 



192 : 102[sage] 投稿日:2011/07/21(木) 05:13:23.44 ID:K+F3ZuES0 [8/34回(PC)]
それはまさしく翁の能面。 
翁面を着けた小柄な老人のように見えた。 

視線が捕らえたものを頭が認識し、それを理解するのにこれだけ労力を 
使わなければならないのは不思議であった。 
なぜここにこんな老人が… 

その時、ため息とも嘆息ともつかない息が俺の口から吐き出された。 
その刹那、それまでやや地面の方向の、おそらく俺が落としたヘルメットの辺りを 
凝視していたであろうその翁の面をつけたものが、何の前触れも無く 
鏡の中の俺に向き直った。 

それと眼が合ったような気がした。 
深く暗いその眼窩から放たれる圧力は暗く虚ろだからこそ 
ひたすら圧倒的で凄まじかった。 

この次の瞬間、この日一番の大きな衝撃が俺の体を文字通り貫いていた。


 
193 : 102[sage] 投稿日:2011/07/21(木) 05:17:09.18 ID:K+F3ZuES0 [9/34回(PC)]
バシッ 

大きな音を立てて割れたのは俺の頭でもなく眼球でもなく、 
翁面を映し出していた鏡・右バックミラーだった。 

バイクのバックミラーは安全上ガラスではなくプラスティックでできており、 
相当派手に転倒でもしない限り割れることはまずない。 
そのプラスティックのミラーが下半分を残して大きく抉られたかの様にして 
割れてしまっていた。 

そしてこの衝撃に俺は明確な意思を感じる事ができた。 



194 : 102[sage] 投稿日:2011/07/21(木) 05:26:01.35 ID:K+F3ZuES0 [10/34回(PC)]
それは怒り… 
圧倒的な圧力には憤怒の波動が込められていた。 
それがバックミラーに触れる事もなく上半分を抉るように破壊したと知れた。 

ひょっとして先ほど林道でTが感じた不可解な転倒の原因も?… 
Aがヘッドライトに受けた衝撃も?… 

もう指一本動かす事もできなかった。 
その時の俺の心の中は人智を超えたものに対する畏怖の念で塗り固められており、 
この後俺はどうすればいいのかさえ判らなくなってしまっていた。 



234 : 102[sage] 投稿日:2011/07/21(木) 19:03:14.13 ID:K+F3ZuES0 [13/34回(PC)]
憤怒の呪縛に絡め取られた俺は、割れたバックミラーを呆然と眺めるしかできない。 
すると割れて下半分だけになったバックミラーに先ほどの翁面を着けた 
小柄な老人を思わせるものがゆっくりと横切るのが 
妙に歪んだ鏡像の中に見て取れた。