954 : 目覚め  ◆oJUBn2VTGE [ウニ] 投稿日:2010/12/17(金) 23:36:31 ID:1sx/PKqt0 [3/4回(PC)]
どこからともなくやってくる、正体の分からない恐怖心。なにが、ではなく、ただ、怖い。 
そんな時は枕元の眼鏡を探したくない。何かが見えてしまうよりも、ぼんやりとした夜の海の底の世界の方がまだましだった。 
しかし次の瞬間、師匠の言葉が脳裏に蘇る。 
『夜中急に目が覚める理由なら知っている』 
………… 
確かにそう言った。 
夜中に目が覚めて、どうして目覚めたのか分からない時がある。レム睡眠とノンレム睡眠の繰り返しの中で、目が覚めやすい時間があるのか、あるいは自分でも気づいていない疲れで、眠りが浅くなることもあるのかも知れない。 
しかし師匠はこう言うのだ。 
『夜中に急に目が覚めるのは、家の外に誰かが訪ねてきているからだよ』 
その言葉には、世の中の目に見えない真理を照らしているかのような妖しい響きがあった。 
布団の中で固まったまま、呼吸が少し早くなる。 
静かだ。 
何時くらいだろう。壁の時計は部屋の奥だ。豆電球の明かりでは暗くて見えない。 
師匠の言葉の意味を考える。 
誰かが家の外にきている。だから目が覚める。 
そんなことを考えたこともなかった。夜中目が覚めても、理由がなければまた眠るだけだ。わざわざ外を見に行くこともなかった。 
なのに。 
心臓の音が体内に響く。布団が重い。のしかかるように。 
俺はゆっくりと身体を起こす。眼鏡はすぐそばにあった。空気が粘りつくように部屋を覆っている。 
恐怖心。 
いつもの、ただ夜を恐れる原初的なものではない。もっと、なにか、忌わしいもの。 
ゆっくりと立ち上がり、摺り足で畳の軋む音を聞く。 
キシ……キシ……キシ…… 
庭に面した窓のあたりは板張りになっている。窓に掛かった重いカーテンが外と、内とを閉ざしている。 
息をのんで、そっとカーテンの生地を掴む。窓の端から外を覗き込む。


957 : 目覚め ラスト  ◆oJUBn2VTGE [ウニ 今夜は終わりです] 投稿日:2010/12/17(金) 23:43:28 ID:1sx/PKqt0 [4/4回(PC)]
一瞬、窓ガラスの表面から夜の冷気が流れてくる。吐く息でガラスが白く曇った。 
パジャマの袖でそれを拭うと、ささやかな庭と植木、そしてブロック塀の向こうの道路が見える。寝静まる住宅街。豆電球の暗い黄色の明かりとは違う、細い針のような月の光が、かすかにそれらを照らしている。 
庭を横断する石畳の筋。それを囲む背の低い芝生。その向こうに玄関の門。 
誰かいる。 
冷たく高まる鼓動を聞きながら、ガラスに顔を近づける。冷たい空気が頬を撫でた。 
門の石柱の前に立たったまま、チャイムを鳴らすでもなく、庭に入り込もうとするでもなく、その誰かは身動き一つしない。 
『夜中に急に目が覚めるのは、家の外に誰かが訪ねてきているからだよ』 
………… 
一度も外を覗いたことはなかった。 
本当はその度ごと、こんな風に誰かが外に立っていたのだろうか。 
吐く息が冷たい。身体中が悪寒に震えている。 
雲の切れ間が変わったのか、一瞬、その誰かの顔を冴えざえとした月光が浮かび上がらせた。 
虚ろな顔。男。覚えはないが、なぜか懐かしい。 
そう言えば小学校の同級生に、似た顔の子がいたような気がする。大きくなればこんな顔だろうか。 
男は月の光に怯えたように顔をゆっくりと左右に振る。そして後ろを向くと肩を落として歩み去って行った。闇の中へ。消え入るように。近くの森に棲む山鳩の、ほうほう、という声が聞こえる。 
自分が眠ってさえいれば、そして寝床から出さえしなければ、誰も知らなかったはずの光景が、そうして終わった。 
カーテンを戻し、窓際を離れてもう一度布団に向かう。 
知らなくていいことは、知らずにいよう。 
そう思った。