732 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/11/13(土) 02:32:40 ID:emextffq0 [1/4回(PC)]
先輩は、何かを思案する日を設けているようだ。 
不定期なのだが、一日中思案顔をしている日がある。 
一度、何か悩みでも?と尋ねてみたことがあったが、 
「お前には関係ないよ」 
の一言でばっさり切られてしまった。 
恐らく本当に関係ないことなので、深く追求することも無かったのだが。 

その日も、先輩は考え事をしていた。 
悪友ハナヤマから仕入れた話を持ち込もうと、アパートに行ってみたのだが、一応迎え入れてはくれた先輩は俺を無視して思案を続けているのだった。 
どうやら今日は話を聞いてもらえそうもないと思って、携帯を取り出してメールをチェックする。 
相変わらずどうでもいい物ばっかりだ。 
一応、適当に返信しようとぽちぽちしていると、先輩が俺を見ているのに気付いた。 
「肩凝ってるんだな」 
どうやら、無意識に肩を回していたのを見られたらしい。 
「ああ、最近酷いんですよ。パソコンやってるからだと思うんですけどね」 
「右肩だろ」 
その通りだった。 
ここ一週間ほど、右肩が重くて仕方ない。 
まあ俺は右利きだから、それで良く使っているせいなんだろうと思っていた。 
「当たりです。何でそう思ったんですか?」 
先輩はまさに心ここにあらずという面持ちだった。 
しかし、会話は成立している。 
「子鬼が乗っかってるぞ。お前の右肩、首筋に近い辺りに」 
こおに。 
なんだか可愛らしい響きだ。 
しかし、幽霊妖怪の類には大分親しんだはずの俺も、鬼というのは初めてだった。

 
733 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/11/13(土) 02:33:22 ID:emextffq0 [2/4回(PC)]
「それ、大丈夫なんですか」 
「大丈夫なわけないよ。子鬼って言っても、小さい鬼の小鬼じゃない。子供の鬼の子鬼だ。子供は成長するよな。すごい速さで」 
いつもならもっともったいぶって、俺の恐怖心をあおる言い方をするが、今日は淡々としている。 
それが逆に怖かった。 
事実として、右肩にいるという子鬼が成長すると害を成すというのだから。 
「ちょ、と待ってくださいよ。それどうしたらいいんですか。大体鬼ってなんなんですか」 
先輩は少し迷惑そうな顔をした。 
もしかしたら、そんなことも知らないのか馬鹿め、という顔だったかも知れない。 
「鬼は鬼だ。説明が必要か?」 
小馬鹿にしたように言われ、多少悔しかったが背に腹は変えられない。 
「すんません。お願いします」 
先輩はそこでようやくしっかり俺の顔を見た。 
どうやらしつこい後輩を処理してから悩むことを続けることにしたようだ。 
「鬼、っていうのは、つまり人の思念だ。鬼は……怨嗟の怨、おんという字から来ている」 
頭の中に字が入ってくる。 
怨嗟。怨。怨み。 
そういった思念が、おん、つまり鬼になる、らしい。 
「でも、怨まれるような覚えは全く無いですよ。自慢じゃないですが当たり障り無く生きてますから」 
覚えの無い怨みで体に不調が出るのではあまりに理不尽な気がする。 
「もうひとつある。おんって読む字を知らんか。恩義の恩だ。恩返しの恩」 
なんでだ、と思う。 
怨はともかく恩なら害になる理由がわからない。 
「恩があるならなんで俺を呪ったりするんです。おかしいじゃないですか」 
先輩は顎を擦る。 
いつもは剃っているらしい無精髭がぞりぞりと擦られるのが見えた。