534 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/29(金) 21:39:55 ID:TIA3yJYi0 [1/3回(PC)]
一年の頃。 
葬列を見た。 
誰かの棺を、何人もの喪服の人が運んでいる。 
後ろでは親類らしきおばさんが涙を流している。 
皆それぞれに沈痛な面持ちをしていた。 
棺を積む霊柩車が止まっている。 
俺はそっと親指を隠した。 
列の中の一人、小さな男の子がこっちを見ていた。 
五歳くらいの、見たことがある子だ。 
お父さんが死んだのかな、と、なんとなく思った。 
喪服は、日に照らされてとても暑そうに見えた。 

「へぇ、どこで」 
先輩はペン回しをしながら聞く。 
興味があるのか無いのかわからない感じだ。 
しかもペン回しは失敗している。 
さっきから何度もペンを落としていた。 
「あそこですよ。立体交差の所の、床屋の向かいです」 
昨日、下校中に見た葬列のことを話してみた。 
放課後の図書室は相変わらず利用者が少なく、いつもの眼鏡の図書委員が貸し出しカードの整理をしている。 
「ふぅん」 
ペン回しを続ける。 
一度たりとも成功していない。 
くるっ、がちゃん。 
くるっ、がちゃん。 
出来ないのならやらなければいいのに、と思っていると、先輩の動きが止まる。

 
535 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/29(金) 21:42:35 ID:TIA3yJYi0 [2/3回(PC)]
「こういう話がある」 
先輩はペンを置いて俺のほうを見る。 
「葬列が歩いてくるんだ。遺影を先頭に、棺を囲んで。それを男女のペアが目撃するんだ。男の方には遺影が見えないが、女の方にははっきり見える」 
俺は聞きながら、昨日の葬列を思い出していた。 
遺影は、泣いていたおばさんが持っていたが、それに写っている人物までは見えなかった。 
「女は言うんだ。今の遺影、私のだった。これは私のお葬式だったんだ。翌日、女は死ぬ。それから男はまた葬列を見る」 
細部までは思い出せないが、男の子の視線だけははっきり覚えている。 
どことなく退屈そうな、でも無表情な瞳が俺をじっと見ていた。 
「その葬列の先頭は死んだ女だった。その女が遺影を持っていたんだ。その遺影には、男が写っていた」 
ひとしきり語ると、先輩はまたペンを持ち、ペン回しの練習を再開した。 
俺は必死に昨日の遺影を思い出そうとする。 
通りすがりに見ただけだし、細部までは見ていなかった。 
どうしても思い出せないでいると、先輩はくすくすと笑った。 
「漫画の話だ。お前の見たのは、実際にあった葬式だろう。おかしな所は何も無い。何もな」 
俺はほっと息をつく。 
この人が言うと冗談に聞こえないから困る。 
ありがちな怪談も、語る人間によっては恐ろしい事実に聞こえるのだ。 
どうやら俺はからかわれただけらしい。 
「必死に考えちゃいましたよ。遺影はあったんですけどちゃんと見て無かったんで。あんまり脅かさないでくださいよ」 
先輩のくすくす笑いが止まり、唇の端をぐにっと持ち上げる笑顔になった。 
細めた目の奥、瞳が深い色をしている。 
嫌な予感がした。 
この顔は、良くない。 
「そうだなあ、見えなかったなら仕方ないな。そんな通りすがりに見ただけなのに、印象に残っていることは無いかな?俺に話している最中、他が全部あいまいなのにそこだけきっちり描写できた部分は?」



536 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/29(金) 21:46:17 ID:TIA3yJYi0 [3/3回(PC)]
男の子の目が浮かぶ。 
はっきりと、脳裏を埋めるように。 
「まさか、印象に残っただけでしょう。ほんと、ずっと見てたんですよ、男の子が」 
先輩はペンを回す。 
くるっと回ったペンは、なにやら複雑に指の間を回り、手のひらに帰って来た。 
どうやらとんだ高等テクを練習していたらしい。 
「そこじゃない。お前は葬式を昨日の下校中に見たんだろう。なのに何て言ったか。暑そうだった。日に照らされて。昨日は、曇ってただろうが」 
記憶を辿るまでもなく、確かに空は重い灰色に包まれていたのを覚えている。 
だが、確かに見た。 
葬式に参加している人達は、皆黒い喪服で、その喪服が日に照らされて酷く暑そうだったのを。 
「一番最近、あそこであった葬式は今年の夏のことだ。確かにあったんだよ、葬式はな。ただ、お前が自転車で走っていたのは、いつだったんだろうな」 
愕然としている俺を、にやつきながら見ている。 
俺は、いつの葬式を見ていたのか。 
俺と自転車は、どこを走ったのか。 
「ああ、それとな」 
先輩は思い出したように言う。 
俺はもはや何かを言う元気が無かった。 
「死んだのは、親父じゃない。その夏の葬式、送られたのはあそこの長男だ。お前は知らなかったみたいだが」 
確か、えらく高齢になってから出産した子供がいて、その子の歳が五歳くらいだったはずだ。 
昔、家の前の道路で遊んでいたのを見たように思う。 
その朧な記憶は、どうやら間違いなく昨日の少年と合致しそうだった。 
「いやあ、珍しい経験したなあ。時間を越えて、しかも死人に見つめられるとは。すごいなあお前」 
笑う先輩を、図書委員がうるさいと叱った。 

先輩と葬式 終