377 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/23(土) 22:02:32 ID:xP5TslBB0 [3/5回(PC)]
・・・・・・俺は、全力でブレーキを握った。
背中に体重を感じる。
ヨーコさんが予期せぬ反動に耐え切れず、前につんのめったのだった。
「ど、うしたんで、すか」
背中に声が伝わる。
「・・・・・・あれ、先輩のです」
図書館の駐輪場には、古いロードレーサーが停めてあった。
クロモリのフレームに、斜めに走る擦り傷が目印。
でかでかとスペースをとって、壁に立てかけてある。
誰かから譲り受けたという、先輩の自転車だ。
俺が自転車を降りると、ヨーコさんもよたつきながら降りる。
「お尻、痛・・・・・・」
風に飛ばされてぼさぼさの髪を手で直しながら図書館の入り口へ向う。
俺もその後についていった。
『開館』という看板が出ている。
入り口に手をかけて、ヨーコさんの動きが止まる。
いた。
一週間分の新聞がストックしてある、入り口すぐの休憩スペース。
新聞を机にばっさと広げて座っている。
あの顔色の悪い男は、間違いなく先輩だ。
ヨーコさんはその場でしゃがみこんでしまった。
「良かった・・・・・・」
俺は両開きの扉を開けて中に入る。
先輩が俺に気付いて手を上げた。
「よお、なんだ、息荒いな。どうかしたのか」
驚くほどいつも通りだ。人の気も知らないで。
俺は一発殴ってやろうかと思った。
「いえね、ヨーコさんが、先輩がいなくなる夢を見たって言うんで。今いっそいで飛んで来たんですよ。無駄足だったみたいですけど」
378 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/23(土) 22:05:38 ID:xP5TslBB0 [4/5回(PC)]
そう、多分ヨーコさんは知らなかったのだ。
先輩は、冬が苦手だ。
夏はどんなに暑くても平気な顔をしているが、冬、ちょっと寒くなると暖かい所へ逃げる。
先輩のアパートにはエアコンがないから、公共施設・・・・・・特にこの図書館、暖房の効いた空間をよく利用するのだ。
ヨーコさんの見た夢は、『アパートを訪ねたら先輩がいなかった』というものだったらしい。
つまり、俺のところに寄らず、先輩の部屋を訪ねていたら、やっぱり先輩はいなかったんだろう。
なにせ、図書館に行っているのだから。
「おお、予知か。いや、やっぱり素晴らしい、ヨーコは。詳しく聞きたいな」
俺はなんだかどうでもよくなって、先輩の向かいのソファーにぼすっと沈んだ。
「あー、いいですよー。それより、入り口の所にヨーコさんいるんですよ。なんかへたっちゃってて。行ったほうがいいんじゃないですか」
先輩は入り口に視線をやり、ガラス戸の向こうのヨーコさんを確認すると立ち上がった。
「おいおい、地べたに座っちゃって・・・・・・スカートなのに。全くどうしたんだ」
入り口に向って歩く先輩を見ながら、俺は苦笑する。
そうだ、先輩が例えいなくなるとしても、俺にはきっと一言あるだろう。
なにせこの三年間、俺程先輩の近くにいた人間はいないのだから。
心配しすぎた。
ヨーコさんの予知夢だって、コントロール出来ないのならば外れることもあるのだ。
先輩がヨーコさんになにやら言い訳をしている。
ヨーコさんはまだへたったままだ。
こうやって見ると、やっぱり先輩はヨーコさんの事が好きなんだなあと思う。
それに、先輩がいなくなると思い込んだヨーコさんの取り乱し方。
やっぱり、あの二人がお似合いだ。
・・・・・・俺なんかの、入る隙間もなく。
先輩がヨーコさんを立たせ、俺の所に帰ってくる。
379 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/23(土) 22:07:15 ID:xP5TslBB0 [5/5回(PC)]
「おい、お前が送ってきたんだろ。帰りもちゃんと送ってやれよ。ママチャリで」
へいへいと立ち上がり、また新聞を読もうとしている先輩を置いて図書館を出る。
扉に手をかけた時、先輩が俺に言った。
「あいつの予知は、外れないぞ。だからこそ、素晴らしい」
俺は鼻で笑って手を振った。
帰り道、ヨーコさんはなんだか申し訳なさそうだった。
騒がせてしまったことが少し恥ずかしいらしい。
なんだかおかしくなって、俺はくすくす笑った。
ヨーコさんも、ちょっと拗ねたようにして、でもやっぱり笑った。
ヨーコさんのマンンションに着く。
自転車を降り、髪を直し、服を正してから。
「またね」
と言って、ヨーコさんは微笑んだ。
数日後、俺はヨーコさんから、先輩が失踪した事を聞いた。
先輩とヨーコさんと俺と失踪 終
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