375 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/23(土) 21:58:27 ID:xP5TslBB0 [1/5回(PC)]
三年の冬の話。
一年の頃は、先輩に憧れてついて回った。
二年の頃は、先輩が俺を遠ざけ始め、俺も無理に追いかけなくなった。
そして、三年。
先輩はあまり俺に関わらなくなった。
俺も何だかんだ独り立ちし始め、何かの相談の時くらいしか先輩に頼らなくなった。
それは、先輩の思い人に対する感情を自問した時からだったか、それとも先輩の引き連れる狂気に恐れをなした時からだったか。
今となってはわからない。あるいは、両方だったのかもしれない。
いや、両方だった。たぶん。
とにかく当時、先輩は常識と正気から遠く離れていたし、俺は先輩にどこか気まずい思いを感じていた。
そんな、ある日。
先輩に対する気まずさの、その原因であるヨーコさんが俺の家を訪ねてきた。
一応住所は教えておいたのだが、まさか本当に来ることがあると思っていなかったので、俺はかなり焦った。
母さんと弟が「あいつが女の子を家に呼ぶなんて」みたいなことを言って騒いでいる。
ばたばたと玄関に向かい、ドアを開ける。
「こんにちは」
「あ、ども。え、っと、とりあえず、上がります?散らかってますけど」
ヨーコさんは首を振る。
「いい、違う。ちょっと話を聞いて」
どうやら急ぎのようだ。
よく見ると、いつもの私服と感じが違う。
とりあえず着てきたような、ちぐはぐな感じだ。
襟元が着崩れて鎖骨が見えている。
どうやら、相当慌てたらしい。
「なんですか、話って」
ヨーコさんはそっと目を閉じて、覚悟を決めたように言った。
「あの人がいなくなる。夢で見たんです」
376 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/23(土) 22:00:35 ID:xP5TslBB0 [2/5回(PC)]
俺は自転車をこぐ。
荷台にはヨーコさんが乗っている。
二人乗りは初めてのようで、腰を必死に掴んできた。
「夢で、って、あれですか、例の」
俺は後ろに話しかける。
「うん、多分そう。たまにあるんだけど」
ヨーコさんは、見える人だ。
幽霊が、とかに留まらず、人の視界や、過去や、未来が。
それはコントロール出来る物でないから、本当に未来の事か、それともただの夢なのかはヨーコさんの感覚でしかわからない。
こぎながら、腋を通して後ろを見てみる。
「足、後輪の軸の所に乗せてください。ちょっとがに股になっちゃいますけど、バランスいいですから。で、どういう夢なんですか」
ぶらぶらさせていた足を軸に乗せるのを確認して前に向き直る。
ヨーコさんは少し声を大きくして答える。
「私が、あの人に会いに行く夢。歩いて、あの人の部屋の前に行くんだけど、部屋の中には誰もいないんです」
はっきりしない。
ただの夢のようにも思えるが、ヨーコさんはただならぬ物を感じたようだ。
俺は脚に力を込める。
「・・・・・・揺れるんで、しっかり掴まっててください」
目前の信号は赤に変わろうとしている。
体重をかけて加速して、俺はぎりぎりで走り抜ける。
先輩が、いなくなる。
あの人は、やっぱり良くわからないから、俺達に何も言わず去っていくこともリアルに感じられた。
自分の意思で、もしくは、何かから逃げるように。
ぎゅ、ぎゅとペダルを回す。
いなくなるのはもう逃れられないとしても。
せめて、最後に一言でも。
なんだか泣きそうになって、歯を食いしばった。
コンビニの前を通り過ぎる。
歩行者が前から来る。
ギリギリのところをすれ違う。
先輩、先輩。
図書館の前を通り過ぎる。
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