97 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/16(土) 22:10:44 ID:lZM9Igr50 [1/10回(PC)]
「ベッドの下の男を退治するぞ」
一年の冬、エアコンの無い自分の部屋を嫌がって、ファミレスに逃げ込んでいた先輩が言った。
「それって、都市伝説のアレですか」
ベッドの下の男。
ある晩、友達と部屋で遊んでいると、急に友達が外に出ようと言い出す。
どうしても外に行きたいという友達に、しぶしぶついていくと、友達の様子がおかしい。
問いただすと、「さっき偶然見えたんだけど、ベッドの下に刃物を持った男がいた」……。
それなりに有名な都市伝説である。
何度かテレビで語られているのも見たことがある。
「そう、そのアレだ。アレを退治する」
先輩の目が爛々と輝いている。
いつになくやる気満々なようだ。
「でも、先輩は布団でしたよね。誰の所に出たんですか」
おかわり自由のコーヒーを一気飲みして先輩が立ち上がる。
「これから現場に行く。ついてくるだろ」
時刻は夜の九時。
帰って寝るにはちょっとだけ早かった。
「わかりました、お供します」
先輩は笑った。
ちなみに、先輩の食事代も俺が出した。
98 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/16(土) 22:12:45 ID:lZM9Igr50 [2/10回(PC)]
現場に近付いていくと、先輩のやる気の源がわかってきた。
見覚えのある道だ。
そして見覚えのあるマンション。
この辺りではそれなりに高級な部類に入る。
ずかずか入りこんで三階に上がる。
多分、ここの角部屋だ。
……予想通りだった。
「ヨーコさんですか」
先輩がいつもより三割増しくらい楽しそうな理由がこれだ。
恐らく相談を持ちかけられた時、内心とても喜んだだろう。
「お前、来たことあったっけか」
先輩はヨーコさんが大のお気に入りだ。
理想の女性だと言って憚らない。
だから黙っていたのだが、今年の夏、先輩に紹介されてから、恐らく先輩よりずっと多く訪問している。
何を言われるかわからないから、絶対に言わないけれど。
「いや、住所は聞いてたんで、それで」
ああ、そう、と納得しつつインターホンを押す。
俺は内心ヒヤヒヤした。
なんだか高級な音がして(家のチャイムはジーッという音がなる。最近はそれもどこかの接触が悪くなって鳴らない)ヨーコさんの声がする。
『はい』
「あ、俺だけど」
しばしの沈黙があった後、玄関が開いた。
「ごめんなさい。なるべく頼りたく無かったんだけど」
若干浮かない顔をして、ヨーコさんが顔を出す。
どういう意味か悩んだが、先輩に迷惑をかけたく無かったんだと思うことにした。
「いや、手間のかかる事にはならないと思う。まあ、任せてくれ」
先輩は笑顔だった。
99 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/16(土) 22:14:59 ID:lZM9Igr50 [3/10回(PC)]
ヨーコさんはあがって、と手で奥を示す。
俺は慣れた手付きでスリッパを出して、それからあ、と思った。
先輩の顔色を伺ったが、浮かれすぎて気付いてないようだった。
「……ここが寝室」
ヨーコさんはとても嫌そうだった。
なんだろう、先輩に申し訳ない気持ちと、なんだか可哀想な気持ちが同時に湧いてきた。
そんな俺の気持ちを知らずに、先輩は非常にそわそわしている。
全体に淡いピンク基調の小綺麗な部屋。
勿論エアコンもついている。
そこはなんだか、いつもより片付いていた。
「あ、片付けました?」
先輩が俺の方を見る。ヨーコさんも鬼のような形相で俺を見る。
またしてもあ、と思った。
「お前、来たこと無いって言って無かったか」
俺は先輩を無視することにした。
「で、ヨーコさんは何で先輩を呼んだんですか」
ヨーコさんはちょっと考えて、それから言う。
「昨日寝ていたら、急に金縛りにあったんです。それから、見える景色が変わっていった。暗い所にいるのがわかって、隙間からは私の部屋が見えていました。低い所から見た、私の部屋。直感的に、あ、ここベッドの下だなって思いました」
「視界が混線したんだな、多分」
先輩はさっきの事を忘れたように楽しそうな笑顔をしている。
これはいつもの、怪奇現象に挑む時の表情だ。
……ヨーコさんは、見えるって事に関してはすごい。
霊的な能力では段違いに強い先輩を、さらに水をあけて引き離すほどよく見える。
例えば、幽霊が見えたり、未来が見えたり、過去が見えたり。
今回のように、他の誰かの視界が見えたり。ただ、それは偶発的に起こることで、コントロール出来るような物じゃないらしい。
だから、『見る』じゃなく『見える』なのだ。
そういう不安定な所も魅力の一つだと先輩は言っていた。
「でも、それって変質者じゃないですか。警察の領分のような気がしますけど」
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