36 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/14(木) 18:23:52 ID:awVTwrbQ0 [4/6回(PC)]
テンプレートな屋上。 
コンクリートの床に、申し訳程度の転落防止用鉄柵。 
柵に途切れている部分は無かったが、乗り越えようと思えば子供でも可能だろう。 
「思ったより普通ですね。やっぱり自殺だったんでしょうか」 
先輩は無言だ。 
つかつかと歩き、屋上の真ん中あたりに立ち、手招きをする。 
俺は従って隣に立った。 
「お前、何とも無いか」 
はぁ、と気の抜けた返事をする。 
何も見えないし何も聞こえない。 
「なるほど、彼女は波長が合ったのか、それともかなり強い人だったのか。とにかくそれなりの才能はあったらしい。そりゃ飛ぶ」 
先輩は無表情に言う。 
心なしか口調が緊張していた。 
「おい、帰るぞ。全部わかった」 
先輩は早口に言うと、早足に屋上を去った。 
俺はまた慌てて追った。

 
37 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/14(木) 18:28:15 ID:awVTwrbQ0 [5/6回(PC)]
「で、この話にどうオチをつけるんです」 
アパートまで戻って先輩に言う。 
「お前には見えなかったみたいだしな。じゃあ説明しようか。あの屋上、どういう因果か信じられない量の・・・・・・色んなモノがいる」 
あの、殺風景な屋上に。 
俺に見えないような物達がひしめいていたと。 
「それこそ立っているスペースが無いくらいだ。彼女は多分、屋上の声を辿って行った結果、そいつを見てしまった」 
あ、もしかして。 
「逃げたんですか。咄嗟に」 
先輩がその通り、と右手で顎をなぞる。 
「俺があそこに立った時な。そいつらが急にふくらみ始めた。風船みたいに。俺が帰る頃には、あの屋上からはみ出すほどだった」 
俺は想像する。 
屋上から聞こえる奇妙な話し声。 
暗くなってからの残業で事務所に一人。 
気味が悪くなって彼女は奮起する。 
『あの声の主を突き止めよう』。 
彼女は屋上に上がり、隠れられそうな場所を探す。 
もちろんそんな場所は無いが、その間にあそこにいるモノが膨張を始める。 
ふと気付くと、得体の知れない何かが自分のすぐ近くに迫っている。 
彼女は慌てた。慌てていると、ビルの前の道を車が通る音がした。 
それに気付いてもらおうと、鉄柵を乗り越え、身を乗り出した時。 
「事故、だったわけですね。それで、驚いた顔を」 
「そう、事故だ。ただ、彼女が普通の人間なら起こらなかった事故でもある」 
俺は疑問に思った。 
何故そんな事を言うのだろう。 
先輩だって見える側だし、俺だって多少は見える。 
その能力がまるで悪いみたいに。



38 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/14(木) 18:33:34 ID:awVTwrbQ0 [6/6回(PC)]
「お前は多分わかってない。本来見えないモノが見えるっていうのは確かに才能だ。だけどそれは決してプラスに働かない。普通に生きるには、邪魔なんだ。むしろ」 
頭の中がフラッシュする。 
なんとなく、先輩は自分の才能を誇っているのだと思っていた。 
なぜならそれは俺にとって憧れであり、その頃欲しかった物だから。 
憧憬があった。 
見える人達に、無条件の。 
でも、当人達はそれを足枷に思っている。 
天地が逆転するような感覚に襲われる。 
「お前は俺の後輩だけど、出来るなら俺を追うな。俺の見てる世界は、普通じゃない」 
「でも、それでも俺は」 
先輩は人差し指を立てて制止する。 
「それでも、とお前が言うなら、いつかそれを選択する時がくる。必ず来る。その時お前が、それでも、と言うなら」 
続く先輩の言葉を、俺は忘れない。 
これから起こる出来事を、先輩は多分予測していたのだろう。 
それを知るのはもっとずっと後だけど、その言葉は俺の芯にじくりと染込んだ。 
外は薄暗く曇っていて、滅多に降らない雨がぽつぽつと降り始めていた。 

俺はお前に、心ばかりのおくりものをしようと思う・・・・・・。 

先輩と飛び降り 終