33 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/14(木) 18:08:14 ID:awVTwrbQ0 [1/6回(PC)]

二年に上がった年の、梅雨のことだった。 
俺の地元では、梅雨とは言うものの雨はほとんど降らない。 
期間中に三日降ればいい方だ。 
しかし空気は相応に湿っていて、特有の息苦しさを感じるのだった。 
そんなある日。 
じめじめと鬱陶しい空気の中、じめじめとした表情をしながら自転車をこぐ。 
雨は好きじゃない。 
雨が降りそうな日も好きじゃない。 
必然的に梅雨時期は俺の気分も曇る場合が多い。 
学校が終わり、家に帰る道のりで、ビルの前を通る。 
都会にあるような高層ビルと比べれば、ビルを名乗るのもおこがましいような慎ましい建物だが、一応、5階まであるビルである。 
そこを通った時、不意に上から声が聞こえた・・・・・・気がした。 
ブレーキをかけて上を仰ぐ。 
口を大きく開いて、「あ」という声が聞こえてきそうな表情をした女性が、 
ビルの上から、降ってきた。



 
34 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/14(木) 18:12:37 ID:awVTwrbQ0 [2/6回(PC)]
「で、落ちたはずの女はどこにも居なかったと」 
先輩は楽しそうに俺の話を聞いてくれた。 
「はい。まあ、波長があったって奴だと思います。何か知りませんか」 
昨日、空から降ってきた女性は最初からいなかった。 
俺程度では滅多にないことだが、そういう感覚の強い人はたまに『残留思念』を目撃するらしい。 
あれは多分過去にあった飛び降りの映像なんだろう。 
「お前はあれだな。ちょっと地元のニュースに目をやるべきだな。ちょっと待ってろ」 
押入れに頭を突っ込んで奥を探る。 
先輩のアパートの押入れは魔境だ。 
よくわからないお札や、まず何なのかがわからない塊なんかが多数入っている。 
先輩はその中から、ごく普通のファイルを取り出した。 
「何ですか、それ」 
先輩はファイルのページを適当に開き、ぱらぱらめくっていく。 
「スクラップぶーっく。確か二週間くらい前の記事だ。・・・・・・あった」 
小さい記事だ。 
28歳の女性が自殺。場所は・・・・・・あのビルだ。 
「俺は死亡事故だとか自殺だとかの記事は基本的にまとめてる。たまに役立つこともあるんだ」 
一般人に話したら確実に引かれるだろう。 
こんなアパートに住んで、食費も徹底的にケチる先輩が、新聞を取っている意味がわかった。 
「で、多分この女で間違いないだろう。年齢とか、服装とか、そういう所に矛盾もないだろ」 
確かにそうだった。 
年齢も多分そのくらいだろうし、俺の見た女性は制服を着ていた。 
記事には残業中に・・・・・・と書いてあったので、恐らくその時制服を着ていたのだろう。 
「あ、でも」 
表情は。 
あの表情は、思いつめての自殺では無いように思えた。 
どちらかと言うと、驚いているような。 
「そうだな。お前の見た女は自殺する時の表情では無かっただろう。まあ、ここでぐだぐだ言っても仕方ない」 
先輩は立ち上がる。 
「行くぞ、現場」 
楽しそうな先輩に続いて、俺も立ち上がった。



35 : 稲男 ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/14(木) 18:17:26 ID:awVTwrbQ0 [3/6回(PC)]
「すみません。お聞きしたいんですけど」 
滅多に見ない他所行きの笑顔で先輩はビルの受付に話す。 
「私、雑誌の記者をやっている者なんですけども、二週間前の事件の取材をさせて頂きたくて伺ったのですが」 
出鱈目だ。 
普通ならこれは信用されないだろう。 
先輩は何事かこそこそと喋っているが、恐らく門前払いだろうと思った。 
しばらく話した後、先輩が一礼した。 
「では、失礼します」 
おい、行くぞと言うと先輩はずんずん階段を登っていく。 
俺は慌てて追いかけた。 
「先輩、どうしたんですか、今の。まさか本当に信用してくれたんですか」 
「いや、幽霊が出るって噂があるって言っただけだ。あのおっさん、そういう話が大好きらしくてな。ろくすっぽ話も聞かずに通してくれたよ」 
呆れる話だ。 
まあこのあたりは田舎特有の無警戒感があるから、警備もそのくらいなのかもしれない。 
「で、何を話してたんですか」 
うん、と頷いて先輩は笑う。 
さっきの他所行きの笑顔とは違う、いつものにやけ面。 
「まず、屋上以外には立ち入らないことを言われた。それから、詳しい話を教えてくれた。彼女、最上階の事務所に勤めてたらしい。明るい子だったからまさか自殺するなんて、だとさ」 
なるほど。 
「受付のおっさんのお気に入りらしくてね。帰り際なんかにいろいろ話してたみたいだ。例えば、誰もいない屋上から話し声がする」 
そうか。 
いくら安普請のビルでも屋上で話している声が下階に聞こえるわけがない。 
要するに、それが彼女の自殺・・・・・・いや、もしかしたら他殺の犯人かもしれない。 
「おい、あのドアが彼女の事務所だ。もちろん天井はそんなに薄くない」 
そして、もう一階あがると。 
「で、これが屋上へのドア。開けるぞ」 
がちゃり。