595 : 玉 ◆XptP8Mzm2g [sage] 投稿日:2010/08/16(月) 16:39:29 ID:6BJ3yQ280 [10/13回(PC)]
祖父に話すだけ話すと、平常心を取り戻すことが出来ました。 
落ち着きを取り戻してみると、他の生き物が人の言葉を話すなど考えられない 
ことですし、やはり悪夢だったのだろうということでその場は納得しました。 
それでもわたしの心細そうにしている様子を見て、祖父は添い寝してくれました。 

祖父が寝付いた後もわたしは寝つくことができず、悶々としていました。 
そうしているうちに、またあの気配を感じ祖父を揺り起こしました。 

「オチャカナ、オチャカナ。 ワタチノオチャカナヲカエチテオクレ……」 

今度は祖父もあの声を聞いたようでした。 
祖父はよほど肝が座っていたのか、孫の前で臆するわけにはいかないと思ったのか、 

「もう無いわっ! わしと犬とで食ってしまったわい!」 
と怒鳴りつけると銃に弾を込め始め、外へ出て撃ち殺そうとしました。 
暗いこともあってか銃は当たらなかったようでしたが、追い払うことは出来ました。 

「いけっ!」 
森に逃げ込んだ生き物に向けて、祖父はシロとクロをけしかけました。 
犬達は吠え立てながら木立の奥へ走りこんで行き、その鳴き声は 
次第に遠のいていきました。 

 
596 : 玉 ◆XptP8Mzm2g [sage] 投稿日:2010/08/16(月) 16:40:00 ID:6BJ3yQ280 [11/13回(PC)]
「わしもこの山を歩いて何十年にもなるが、あんなのは初めてだ」 
銃に弾を篭め直しながら、祖父は首を傾げていました。 
「また戻ってくるようならこんどこそ仕留めてやる」 
そう祖父が言った時です。 

入り口の方でなにか物音がしたようでした。 
祖父と共に様子を見に行くと、小屋の前に腹を割かれた犬が転がっていました。 

正面の森の暗い闇の中では、ふたつの丸い目が光っていました。 

「オチャカナ、オチャカナ。 ワタチノオチャカナヲカエチテオクレ……」 

そのときの私は恐怖で頭が真っ白になり、声も出せずに震えていたと思います。 
「おのれ」 
大事な犬を殺された怒りが勝ったのでしょう。 祖父は猟銃を持って飛び出していきました。夜の森に2回ほど銃声が響き渡ったあと、しばらく何も音がしなくなりました。 
そして唐突に、森の奥から今も忘れられないあの声が聞こえたのです。 

「オチャカナ! オチャカナ!」 

今までと違う、興奮して叫んでいるような響きでした。 



597 : 玉 ◆XptP8Mzm2g [sage] 投稿日:2010/08/16(月) 16:40:33 ID:6BJ3yQ280 [12/13回(PC)]
その後のことはあまりはっきりとは覚えていません。 
子供心にあの頼もしい祖父も犬達と同様に死んでしまったのだと悟りました。 
恐怖のあまりわけが解らなくなって走り続け、いつしか山道を転落して 
気を失ってしまったようなのです。 運良く狩猟に来ていた猟師に助けられ、 
わたしが次に気が付いたときは病院のベッドの中でした。 
  
あの出来事を必死で大人たちに説明しましたが、まともに取り合って 
もらえるはずも無く、何かの恐怖がもとで現実と幻覚の区別が 
付かなくなったというような診断結果を受けました。 
そのためしばらくは入院して過ごす羽目になりましたが、そのため 
祖父の葬式にも出ることが叶わなかったのはなによりも悲しいことでした。 
祖父の死も、最終的はクマかなにかの獣に襲われたということで 
片付けられてしまいました。  
  
信じてもらえないことが解ったので、そのうち他人にはこのことを 
話さなくなり、自分でも夢だと思うようにしてきました。 
ですが、あの恐ろしい出来事が夢だったとして、 
いったいどこからが夢なのか何度思い返しても未だに解らないのです。



598 : 玉 ◆XptP8Mzm2g [sage] 投稿日:2010/08/16(月) 16:41:35 ID:6BJ3yQ280 [13/13回(PC)]
母が祖父の葬式について聞かせてくれたことがあったのですが、 
祖父の知り合いの猟師さんが「あれはクマの仕業なんかじゃねぇ」 
と言っていたそうです。 

わたしは川魚を一切食べることができません。 
犬の無残な姿を思い出してしまい、今でも胃が受けつけないのです。 

以上で終わりです。