482 : ◆7QPLwJZR/Ypf [sage] 投稿日:2010/07/19(月) 16:07:33 ID:dIgiHSiJ0 [12/26回(PC)]
"飼い犬" 

ぼくはとても幸せだった。 
おねえちゃんが一緒に居てくれた。 
あんまり散歩には連れて行ってはくれなかったけど 
帰ったらすぐにケージを開けて、いつも大好物のジャーキーをくれた。 
ぎゅって、抱きしめてくれた。 

ある時 
おねえちゃんは久しぶりに散歩に連れて行ってくれた。 
ぼくはおねえちゃんの緑色の車に乗るのが好きだ。 
ドアに足をひっかけて外を見るのが好きだ。 
お姉ちゃんはずいぶん遠くまで行ったところで 
ぼくに首輪をして降ろした。 
ここは神社というらしい。始めて来た。 
たっぷり散歩してから、大好物のジャーキーを僕にくれた。 
ぼくはとても幸せだった。 

必死にジャーキーに噛り付いている僕に 
おねえちゃんはすこし寂しい笑顔で言った。 
「いい人に拾われるんだよ」 

ぼくは不思議な顔をしてすこし見上げて、またジャーキーに夢中になった。 
ぼくがぜんぶ食べ終わるころ、おねえちゃんはどこにも居なかった。 
もう夕方だったので、誰も居なかった。 
ぼくはとても寂しかった。

 
483 : ◆7QPLwJZR/Ypf [sage] 投稿日:2010/07/19(月) 16:08:42 ID:dIgiHSiJ0 [13/26回(PC)]
ぼくは建物の影で一晩過ごした。 
神社の夜はとても寒くて怖かった。 
でもね。 
おねえちゃんが帰ってきて、一緒に居てくれたから 
寂しくはなかった。 
ぼくが心配そうに顔を見上げるたびに、ニッコリと笑ってくれた。 

夜が開けたらおねえちゃんは居なくなっていた。 
代わりに、知らないおばさん数人が僕を取り囲んでいた。 
大きくて怖い犬も数匹見える。 
ほっといてください。ぼくは家に帰るんです。 
おねえちゃんを待っているんです。 
だからぼくに関わらないで下さい。 
そう小さく唸るぼくを、おばさんたちは困ったように見ていた。 

ぼくは2、3日神社で、おばさんたちから餌を貰って生きていた。 
本当はおねえちゃんから貰いたいけど 
腹は減るんだからしょうがない。 
そのうち、おばさんたちから無理やり抱き上げられて 
それぞれの家に一週間交代で預けられては、次の家に 
というふうにたらい回しにされだした。 
それぞれの家に別に飼い犬が居たから 
ぼくより大きい犬からは餌を取られたりもした。 
ぼくは自分の分を守るために、頑張らないといけないことを知った。



484 : ◆7QPLwJZR/Ypf [sage] 投稿日:2010/07/19(月) 16:11:34 ID:dIgiHSiJ0 [14/26回(PC)]
時々、首輪で玄関に繋がれているぼくが 
小さな声を出して寂しがると 
おねえちゃんが来てくれた。 
頭を撫でてくれたり、抱きしめてくれたりした。 
ぼくはとても幸せだった。 

ぼくはある時、その時預けられている飼い主の人から 
散歩に連れて行ってもらった。 
もう何軒目だろうか、そのころには2頭で散歩するときは、 
できるだけ他の犬と並んで歩くんだ、ということを学んでいた。 
あの神社に着いて、飼い主さんは知らないおばさんと話をしていた。 
おばさんは僕の方を見ると、驚いてこっちに寄ってきた。 
「あんた、大変だったねえ」かがんで、ぼくに話しかけたあとに 
ぼくの頭の上を見て「貴女ももういいんだよ」と優しい顔で言った。 
いきなりおねえちゃんから頭を撫でられて、驚いて見上げると 
おねえちゃんが立ち上がったおばさんに頭を下げていた。 

そのままおねえちゃんは消えてしまった。 
ぼくはその時、おねえちゃんが帰ってこれないほど 
遠くに行ったような、気がした。 

ぼくはその後、新しい飼い主さんの家に貰われ、 
その家でずっと過ごしている。 
いまは、ぼくはとても幸せだ。 
飼い主さん一家もよくしてくれる。 
でもね 
ときどき緑色の車を見かけると、 
散歩の途中に、つい立ち止まって 
おねえちゃんが乗っているんじゃないかと、期待してしまう。 
きっと待っていれば、いつかまた出会えると思う。 
そのときを、ずっと楽しみにしている。了。