476 : ◆7QPLwJZR/Ypf [sage] 投稿日:2010/07/19(月) 14:47:44 ID:dIgiHSiJ0 [8/26回(PC)]
「ゲプッ…ゴチデシ…タ」  
汚らしいゲップをかまして、謝意を伸べられる。 
「オオ…ヒサシブリニ…」 
ブルッ、と唇全体が震えたかと思うと 
突然、周囲の雰囲気が変わり、部屋全体が大きく揺れだす 
唇の上の空間に、直径1メートルほどの七色の渦が出現して、 
そこから、唇に釣り合うでかい"鼻"が出現した。 
満足そうに鼻腔を膨らませて"アレ"は 
「コレガニ…オイカ…ナゼダカ…ナ…ツカシイデスネ」とかのたまう。 
クソッ、また成長しやがった。 
ショックだが…こればかりはどうしようもない… 
…今回は、さすがに相手がでかすぎたんだろう。 
女の子はさっきから妙に静かだと思ったら 
座ったまま気絶していたようだ。 
さすがに身体に侵食している霊を引き剥がされたので 
心身ともに大きな負担がかかったのだろう。 
"アレ"はまだ食べたりない、とばかりに黒い腕を伸ばして、 
下見するように、軽く指先で女の子の身体の線をなぞる。 
加護のない常人なら、触れられると服ごと焦げるのだが、そこは憑き護、 
無傷のまま、指先から僅かに漏れた暗黒物質を吸収している。 
ただ、意識はなくともさすがに不快感があるのか「ううっ」と小さく唸る。 
「コノコノタマシイモ…タベテイイデスカ…ヨゴレテイナクテ…トテモ…ウマソウダ」 
大事なクライアントを殺すわけにはいかない。 
「ダメだ。無闇に魂を食うと、お前が困ることになるぞ」 
「ザンネンデスガ…リョウショウシマシタ…マタノゴリヨウヲ…オマチシテオリマス…」 
"アレ"はそう言って3点まとめて、右肩辺りまで引っ込んでいき沈黙した。 
おかしい、なんでこんなに聞き分けがいいんだ。 
微妙に滑舌も良くなっている気がする。 
ドサッという音がして驚き、思考を止めると女の子が畳に突っ伏していた。 
「おばあちゃん…」 
小さく呟きながら、涙を流している。 
思わず、居た堪れなくなり、ハンカチで拭ってやろうした。

 
477 : ◆7QPLwJZR/Ypf [sage] 投稿日:2010/07/19(月) 14:48:26 ID:dIgiHSiJ0 [9/26回(PC)]
私は夢を見ていた。 
人が居ないのを見計らって、 
昼食を取るために一階に降りていくと、ふと気付く。 
そういえば、おばあちゃんがずっと大切にしていて 
居間の棚の上で、ガラスケースに飾られていたオカッパの日本人形、 
ここ何年も見ていないなあ。 
あれはいつのまに、どこへ行ってしまったんだろう。 
気になってしょうがないので、お父さんの部屋 
お母さんの部屋、バスルームと廊下の物置、居間の棚の奥にキッチン、終いには自分の部屋、 
色んなところを探すけどどこにもない。 
疲れ果てて座り込み、床に映った自分の影を見ると 
見覚えのある形をしていた。あれ、私の影、何だか人形みたいだ。 
後ろを振り返ると、あの日本人形が私を睨んでいた。 
いきなり獣のような口を開け、私を食べ、成り代わろうとする。 
腰が抜けて何も出来ない私を、気付いたら、おばあちゃんが抱きしめて守ってくれていた。 
人形は、そのまま私に手を出せずに「忌み子が…」と恨み言を吐きながら消えていった。 
おばあちゃんは、私をもう一度、ぎゅっと抱きしめると 
にこやかにどこかへと去っていった。 
「おばあちゃん!!!」 
飛び起きると、さっきの男の人が、ハンカチを持ったまま固まっている。 
寝ている間に何かされた!!と思って全身を探ってみると、 
頬が濡れていて、涙を流した跡がある。 
どうやら拭ってくれようとしていたみたいだ



480 : ◆7QPLwJZR/Ypf [sage] 投稿日:2010/07/19(月) 16:04:23 ID:dIgiHSiJ0 [10/26回(PC)]
ホッ、とすると同時に、一気に色んな感触が湧き上がってきた。 
なんだろう、とても胸が痛い。 
ぽっかり穴が開いてしまったようだ。 
だけど何だか身体が軽い気がする。羽が生えたっていう例えはこういうことかも。 
そういえばネットで、引き篭もりの治療について調べている時に見たことがある。 
患者が寝ている間に、催眠術をかけて無意識のトラウマを取り除くという療法だ。 
私も、それをされていたんだろうか。 
「終わったみたいだね」 
おばさんが障子を開けて入ってきて、冷たい麦茶をくれた。 
そのあと、隣の居間に移動させられ、 
「少しやることがあるからね」というおばさんを待っている間、 
「ちょwwwwwまwwww痛wwwwwタンマタンマwww」 
という悲鳴と 
「強力になったんだから、今日は二刀流よー!!はいやー!!!」 
ベチベチベチ!!という強烈な何かの音がさっき居た部屋から聞こえてきた。



481 : ◆7QPLwJZR/Ypf [sage] 投稿日:2010/07/19(月) 16:05:39 ID:dIgiHSiJ0 [11/26回(PC)]
無事に家に帰った私を、お母さんは泣きながら出迎えてくれた。 
おばさんは私を玄関に置いて、そのまま立ち去ろうとしたのだが 
お母さんから何かを押し付けられ、渋々と貰って帰っていった。 
帰り際に「時々、様子を見に来ます」と言っていた。 
その後、お仕事から帰ったお父さんも交えて 
四年ぶりに、お夕飯を三人で食べた。 
食卓ではお母さんは号泣しっ放しで 
お父さんも堪えてはいたが、涙眼を隠せていなかった。 
そうか、色んな人に支えられて生きていたんだ。 
守ってくれていたのは、おばあちゃんだけじゃなかったんだ。 
そう思ったら何だか私も、涙が止まらなくなった。 

おばさんは、女の子を送迎してから帰ってきて 
ボコボコになって、ダウンしていた俺を起こし、 
座らせて、上半身に湿布を貼りながら言う。 
「あの子のことだけど」 
「定期的にわたしが様子を見にいくから、何かあったらまた頼むわね」 
またあんなのを相手するのは嫌だな、と思い黙っていると 
「はい、約束のもの」 
ずっしりと重い、茶封筒を渡される。 
思わず首を何度も縦に振ってしまって、あとで猛烈に後悔した。 
金の力には逆らえないのが、汚れた大人の悲しいところである。 
次の日、古物屋に様子を見に来たAに笑われた。 
「Mさんどうしたんすかその顔www饅頭wwww」 
「うるへー…」 
今はあの子は生きる意欲を取り戻し 
バイトをしたり、自動車学校に通いながら、 
大検取得を目指して頑張っているらしい。 
了。