271 : 女がいる1/7 ◆BxZntdZHxQ [sage] 投稿日:2009/09/27(日) 01:11:06 ID:95iGUUHW0 [6/13回(PC)]
恥ずかしながら、俺は今でも実家住まいだ。
休みが続けば毎日のように爆発的に売れる訳でもない漫画を描いて、
逆に忙しい時は着替えが尽きて洗濯に帰る以外長い間家に戻らなかったりする。
家が都心への通勤圏なのもあり、どうしてもこの方が便がいい。
当然のように彼女もいない訳だが、それが実家住まいのせいかは微妙なところだ。
そんな俺だから、ひとつ、全く経験のないことがある。
家探しだ。
仲間内で話していると、よく話題にあがる事柄である。
これも、松岡の話だ。
松岡の家に入り浸っていたことがあって、まあ別に怪しい関係でも何でもなくて、
することと言えば一緒にテレビを見たりゲームをしたり、
ベッドの下にぎゅうぎゅうに詰まった悪趣味な蔵書を勝手に読んだりしていた。
合鍵を渡されていたので、上がり込んで待ち構えていたりなんてことも可能だった。
俺が転がり込む前は年下の女の子と一緒に住んでいたとか言う話だったが、
彼女が郷里へ帰ってしまい、思えばヤツも人恋しかったのかもしれない。
ある時電話をしたら、松岡は今夜その娘が上京して来ると言う。
まだ部屋に少し残っている荷物を引き取りに来るそうだ。
じゃあ彼女が帰ったら行くから、仕事帰りに浅草で飯でも食おうかと約束した。
272 : 女がいる2/7 ◆BxZntdZHxQ [sage] 投稿日:2009/09/27(日) 01:16:06 ID:95iGUUHW0 [7/13回(PC)]
仕事が大体の時間通りに捌けて、俺は待ち合わせの場所へ向かった。
ちょうどサンバカーニバルの日で、赤や黄色のド派手なコスチュームの
お姉さんたちが出番を終えて帰って行くところだった。
六区に近いゲーセンで時間を潰していたが、一向に松岡からの連絡がない。
俺は何だか不安な気持ちになって、ヤツの携帯を呼び出してみた。
どうやら電源が切れているようだ。
家にも電話してみる。留守電になっていない。誰も出ない。
胸騒ぎがした。
俺は電車に乗り込んで、慣れた経路でヤツの最寄り駅に向かった。
下車、自転車置き場の脇を抜けて、初めてヤツの家に行った時、
ここで奇妙な現象に出会った道、でも今はそんなことはどうでもいい。
夏の日は長く、そろそろ夕方になろうと言うのに陽射しが強い。
アパートに辿り着き、インタフォンのチャイムを鳴らす。
誰も出ないし、物音もしない。合鍵を差し込み、かちゃりと回す。
「松岡…?いるのか?」
病気で寝込んでいるのではないか、と思ったのだ。
そっと扉を開くと、カーテン越しの光でほの明るい部屋の中、
毛布が人の形に盛り上がっている。
何だ、やっぱりそうだったんだと、「入るよ」と声をかけて靴を脱ぐ。
だが、人の気配はない。
近くまで行って覗き込むと、
なんと毛布はクリームの入っていないコロネよろしく空っぽだった。
いない。
もう一度携帯を鳴らす。電源が切れているか、電波の届かない場所に。
俺は今度は違う焦燥に駆られてカーテンを開けた。
部屋が暗いのは不安定だ。隣の和室の薄暗さが気になる。
273 : 女がいる3/7 ◆BxZntdZHxQ [sage] 投稿日:2009/09/27(日) 01:21:16 ID:95iGUUHW0 [8/13回(PC)]
俺はベッドの下を覗いた。本の山だ。如何わしい文庫本だらけだ。
押し入れを開けた。クローゼットを開ける。
トイレのドアを開け、風呂場に入る。湯船の蓋が閉まっている。厭だ。
訳の分からない感覚に襲われて、俺は蓋を開いた。
死体はなかった。
湯船は空っぽで、乾燥していた。
多分昨日から使われていないのだろう。
俺は何を探していたんだ。
何故かそこに松岡がいるような気がしてしまったのだ。
昨日前の同居人が来て、何かあったのではないかと思ったのかもしれない。
明確にそんなことを考えた訳ではないが、多分そうだ。
俺がへなへなと脱衣場に這い出すと、
玄関に放ったらかした鞄の中で携帯が鳴った。
松岡からだった。
彼女が昨日の昼間現れて早々に帰ってしまったので、
見送りに行った足で出稽古に行っていたのだと言う。
久しぶりに体を動かして夢中になってしまいこの時間になったと言うヤツに、
俺はほんのちょっぴり安堵した。そして、
「刺されて風呂に突っ込まれてんじゃないかと思ったよ!
なんであれ蓋してあったの?お湯入ってなかったぞ?」と冗談めかして言った。
その娘と喧嘩別れしたなんて話はなかったのに、
俺は何であんなことを思ったのだろう?
玄関に鍵が置いてあったので自転車を拝借して、俺は買い物に出ることにした。
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