822 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2009/05/03(日) 22:48:06 ID:fOzFu7MgO [1/1回(携帯)]

夕暮れの薄闇の中、俺は得体の知れない胸騒ぎを覚えながら、いつものように一人で高校からの帰り道を歩いていた。 

俺の通う高校は小高い山の頂上付近を切り開いた場所にあって、しかもバス停まで山道をかなり歩かなければならない。 
あたりは静かだ。――しかし何だろう、この妙な気持ちは…… 

ふと思い出した。そうだ。最近このあたりに〈切り裂き魔〉と呼ばれる変質者が出没しているのだ。 

全身黒ずくめでフードをすっぽり被り、マスクで顔を隠した大柄な男。右手にカッターナイフを持っている。 
 
帰りが遅くなったうちの高校の生徒を狙って山道の影に潜み、奇声を上げながらいきなり襲ってくるという。 

すでに五人もが遭遇している。幸い怪我を負わされた生徒はいないが、その内の二人はショックで今も入院中らしい。 

警察の捜査も捗らず、当面は決して一人では下校しないようにと、全校生に学校側がくどいほど注意していた…… 

ジャリ。突然背後で足音が聞こえ、俺は飛び上がった。反射的に振り向く。 


「――なんだ、竹田か」


クラスメイトの顔を認め、安堵のあまり溜め息がこぼれた。

竹田。校内でほぼ唯一俺と口を利いてくれる男。 
 
さっきまでのもやもやとした不安が急速に晴れていく。竹田がいれば安心だ。 


「おまえ……何やってんだよ……こんなところまで出てきて」

竹田は俺の顔を見るなり聞いてきた。 

「何って、おまえと同じで一人で帰ってただけだぜ?」 

「“帰ってた”って、こっちは……」


竹田の様子がどこかおかしい。心なしか声が震えている。まるで怯えているみたいな。まさか―― 

竹田、俺を疑っているのか? クラスの大半から「アブない奴」扱いを受けている俺が、じつは〈切り裂き魔〉だったと―― 
ああ、何てことだ。動揺のあまり左手が疼く。とうとう竹田までがそういう眼で俺を。 


「ち、違うんだ竹田。誤解だ、俺は〈切り裂き魔〉なんかじゃ――」 

「まだわからないのか。そういうことじゃないんだ」

やりきれないという風に頭を振り、竹田は沈んだ声で、 

「その左手の傷……いいか、〈切り裂き魔〉なんて、もう――」


左手の傷? 


「……まあいいさ。所詮同じだもんな」


竹田は再び頭を振ると言った。


「一緒に戻ろうぜ。正門まで」 


その瞬間――「正門」という言葉を聞いたとたん――、なぜだろう、俺はたまらなく哀しくなってしまった。