28 : 虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ [sage] 投稿日:2006/12/01(金) 03:25:49 ID:9eBDEjsZ0 [1/3回(PC)]
『 電源 』 


小学生の頃、友人と弟といっしょに、山中にある沼へとフナを釣りに行った。 
しかし、釣ってる途中で小雨がパラついてきた。それほどひどい雨では無かったが、 
数匹のフナも釣れた事だし、そろそろ切り上げて、山を降りようとした。 

帰路の途中、急に雨足が強くなり、通い慣れた山道ではあったが前へ進むのが困難になった。 
ふと前を見ると、いつもは特に気にも留めない廃屋がある。昔話に出てきそうな古い家だ。 
「あそこで、雨宿りばしよう!」友人が家の方へと駆ける。俺と弟も続く。 

玄関口に釣竿とフナを入れたバケツを置き、雨宿りをしようと三人で中へ入った。 
中は荒れ放題で、埃と、蜘蛛の巣と、カビの臭いが、家を占拠していた。 
しかし、土間や竃など見慣れぬ物ばかりで、現代っ子の俺たちの好奇心を煽った。 

梯子のような急な角度の階段が二階へと続いていた。二階は、むき出しの梁の上に 
板を敷いただけの簡素な作りで壁が無く、置かれている箪笥や長持が一階からも見えた。 
住むための部屋ではなく、どうやら、物置として使われているようだった。(続)


29 : 虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ [sage] 投稿日:2006/12/01(金) 03:27:35 ID:9eBDEjsZ0 [2/3回(PC)]
「宝物ン隠してあるかもしれん。上ってみよう。」友人が階段に足をかける。俺と弟も続く。 
期待に反し、特に目ぼしい物は無かった。残念がっていると、不意に弟が口を開いた。 
「兄ちゃん、そこに何かある。」と角の柱を指差した。 
暗くて見えづらかったが、よく見るとコンセントだった。電源プラグが差し込まれている。 
プラグから続くコードはコの字型の釘で柱に固定してあり、何処かへと続いていた。 

(何の電源だろう…?)と疑問に思った矢先、友人がおもしろ半分にプラグを引っこ抜いた。 
その瞬間、奥の部屋から「グガラアアァアアアアァァアッァッァァ……ッ!!」と、 
男だか女だか、人だか獣だか、よく分からない叫び声がした。 
今思うと、雷の音か何かが偶然、プラグを引っこ抜いた瞬間に鳴っただけなのかも知れない。 
ただその時は、叫び声と電源に何らかの接点を見出し、訳の分からない恐怖に襲われた。 
俺たち三人は言葉にならない声を上げ、家を飛び出し、大急ぎで山を降りた。(続)



30 : 虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ [sage] 投稿日:2006/12/01(金) 03:28:33 ID:9eBDEjsZ0 [3/3回(PC)]
後日、友人と二人で、廃屋の玄関口に置きっぱなしだった釣竿を取りに行った。 
本当は、もうあの家には行きたくなかったけど、友人の釣竿は爺ちゃんが大切にしてた 
高価な物だったらしく、どうしてもと頼まれ、しぶしぶついて行く事にした。 

昼間に見る廃屋は、あの日の出来事が嘘であったかのように、のどかなものだった。 
玄関口には、釣竿三本とバケツがそのまま置いてある。ただ、何故かフナはいなかった。 
猫が食べたのかと思った。そう思う事にした。帰り道は心なしか早足だった。 


後年、この思い出話を弟にしたのだが、よく覚えていないと言う。 
あんなに怖い思いをしたはずなのに、随分と無関心な奴だなと思ったが、 
「釣りの帰りに見た虹がキレイやった。」と、ぽつりと話した。 
俺は雨があがっていた事さえ知らなかった。(終)