619 :潜水士 ◆MK4bj1r2OY [sage]投稿日:2005/06/04(土) 21:56:16 ID:SRP8lAAN0[1/4回(PC)]
俺は某地下鉄線駅の駅員をやっている。まだまだ諸先輩方に世話に
なりっぱなしの新人だ。
俺があれを初めて見たのは、2ヶ月前の深夜のことだった。
終電を見送った後、ホームを軽く掃除しながら忘れ物や落し物、不審
物は無いかとホームの様子を窺っていた。
すると、階段の昇降口に、ひとりの男が立っていることに気が付いた。
「もう終電が行ってしまったので、明日の始発まで駅の外で待ってて下さい」
「すいません、分かっています……」
少し離れた所から声をかけたためか、男は俺を一瞥したきり動こうと
しない。もう一度、今度は近くで説得しようと足を踏み出した時、後ろか
ら先輩に肩を叩かれた。
「あの人はいいんだ。覚悟をしているんだろう……」
先輩の言っていることの意味を訊ねようとした時、警笛が聞こえてきた。
ホームから身を乗り出すと、暗闇の向こうから二つの光が近付いて来る
のが見える。回送電車が来たのかなと思った瞬間、男はあれに飛び込
むつもりなのかと閃いて慌てた。
「大丈夫だ、あの人はあれに飛び込むつもりは無いよ」
駆け出そうとする俺の肩を、先輩はギュッと掴んで止めた。
620 :潜水士 ◆MK4bj1r2OY [sage]投稿日:2005/06/04(土) 21:57:10 ID:SRP8lAAN0[2/4回(PC)]
「自殺じゃ、ないんですか?」
「自殺と言えば、ある意味で自殺とも言えるかな?」
「じゃぁ、とめなきゃ!」
「……後学のために、黙って見ておけ」
先輩が真剣な顔をして、俺をそうなだめる。
電車がもう一度、警笛を鳴らす。いよいよホームへ滑り込んできた。
俺は悲鳴と言うより、わけのわからない奇声を上げてしまった。
ホームに滑り込んできた電車の車体は、全裸の人間たちで出来ていた。
全裸の老若男女が虚ろな顔をして、もつれ合って絡み合って電車の
形をなしている。車体だけではなく、ドアも、車内の床も、椅子も裸の
人間で出来ていた。
「な、なんなんですか、これッ?!」
「俺たちは『肉電車』って、呼んでるよ……」
停車すると、4体から成る『人間ドア』が観音開きに開いた。その4人
は何かに固められたかのようにくっついてピクリとも動かない。
男はそれに乗り込み、四つん這いになっている『人間椅子』に腰掛けた。
警笛が短く2回鳴ると、ドアが閉まって発車していった。
「あの人、乗り込んじゃいましたよ」
621 :潜水士 ◆MK4bj1r2OY [sage]投稿日:2005/06/04(土) 21:58:15 ID:SRP8lAAN0[3/4回(PC)]
「それが、あの人の目的だったんだよ」
「あの人、これからどこへ行くんですか?」
「……さっさと、残りの仕事を済ませるぞ」
先輩はそう言い残して仕事に戻った。俺も仕事に戻るが、『肉電車』の
ことが気がかりで集中できなかった。
詰め所に戻ると、先輩が『肉電車』のことを話してくれた。
『肉電車』は、乗車希望の者が終電の過ぎたこの駅のホームに立つと
やってくるのだと言う。ただ先輩も、何故この駅が乗車駅なのか、乗客を
どこへ連れて行くのかまではわからなかった。代々の先輩たちから伝わ
る話では、30年以上も昔から現れているらしい。
「あの人、どうなってしまうんですか?」
「……あの人のことは忘れろ。お前とはもう、関係がない」
話はそこで打ち切られた。
そしてつい先日の深夜。
俺は終電を見送った後、軽く掃除をしながらホームの様子を窺っている
と、階段の昇降口にひとりの女が立っていることに気付いた。俺より年上
の30代半ば、美人だった。
622 :潜水士 ◆MK4bj1r2OY [sage]投稿日:2005/06/04(土) 22:00:16 ID:SRP8lAAN0[4/4回(PC)]
「もう終電が行ってしまったので、明日の始発まで駅の外で待ってて下さい」
「すいません、分かっています……」
「あのぉ、差し出がましいようですが、考え直した方が……」
その時、警笛が聞こえてきた。俺は慌ててしまう。
「あの、あなたほどの美人なら、まだやり直しが効くんじゃないですか?」
「私にはもう、行くあても帰るあてもありませんから。お心遣い、ありがと
うございました」
『肉電車』がホームに滑り込んで停車すると、ドアが開いた。女は俺に
一礼して、電車に乗り込む。
女が座った『人間椅子』は、2ヶ月前にホームで出会ったあの男だった。
男は全裸で四つん這いになり、虚ろな顔をして長椅子になりきっていた。
『肉電車』に乗り込んだ者は、その車体の一部となるのだ。
警笛が短く2回鳴ると、ドアが閉まって発車していった。
『肉電車』を次に目撃する時は、あの女が虚ろな顔をして車体の一部
となっているのだろう……
コメント
コメント一覧 (2)
コメントする