525 :潜水士 ◆MK4bj1r2OY [sage]投稿日:05/02/17 13:11:19 ID:KWJcCW8/0[1/4回(PC)]
 ウチの隣はお寺で、しかも塀を一枚隔てたところに墓地がある。ウチで 
は俺の部屋が一番墓地に近く、おまけにその塀が腰までの高さしかない 
から、平屋の俺の部屋の窓からでも夜になれば外灯に照らされた墓石 
や山門が闇夜にぼんやりと浮かんで見える。 
 俺は遊びに来た友人たちにそれを見せて、恐怖に震え上がる彼らを見 
て笑っていた。俺自身はそんな環境にもかかわらず霊体験をしたことが 
なかった。だから、怖がる彼らをひと事のように笑うことができたのだ。 

 しかし去年の晩春、墓地の改修工事を境に、頻繁に金縛りにあって幽 
霊と出くわすようになった。 
 まず夜中にふと目が覚めると、川のせせらぎが聞こえてきて金縛りで 
体が動かなくなる。壁に青白い人魂が浮かび上がって、やがてそれは顔 
や服装が判るほどはっきりとした人型になる。そして幽霊はベッドで横に 
なっている俺の腹の上を跨ぎ、窓から部屋を出てお寺へと向かって行く。 
幽霊たちが辿るコースはいつも同じだった。 
 最初こそ怖かったが、どの幽霊も襲ってくる様子はないと分かると『人 
間ウォッチング』をするつもりで彼らを眺めるようになった。


526 :潜水士 ◆MK4bj1r2OY [sage]投稿日:05/02/17 13:13:42 ID:KWJcCW8/0[2/4回(PC)]
 腹の上を跨ぐ幽霊も老若男女いろいろいて、俺を全く無視する幽霊も 
いれば、なんだこいつと訝しい目で見る幽霊もいたし、ごめんねとぺこぺ 
こ頭を下げる幽霊もいた。苦しそうな顔で喉元を押える全裸美人が跨い 
でいった時は盛り上がった。けど、せっかくのアングルなのに肝心なトコ 
がよく見えなくて残念だった。全身ズタボロで車のステアリングを手にし 
ている男性が通った時は、どうしてステアリングだけを持っているんだと 
頭をひねった。最終的には、車で腹の上を通られるよりはマシと結論付 
けたけど。 
 そんな幽霊たちの中で特に子供の、小学生くらいの男の子の幽霊の 
時を見た時は本気で落ち込んだ…… 
 他のみんなは現れてはスッと去っていくのに、その男の子は思いつめ 
た顔をして俺のプレステ2の前で立ち止まっていた。なんとなく大丈夫か 
なと思いながら男の子を見ていたら目が合ってしまい、彼の方がびっくり 
していた。男の子は肩を落とすと、トボトボと俺を跨いで部屋から出て行 
った。見送ってやろうと、動けない体を頑張ってひねって顔を窓に向ける。 
そこで、男の子の背中が袈裟斬りに大きく裂けているのを見てしまった。 
 次の日、隣町で子育てに悩んでいた母親が子供を包丁で背中から斬り 
つけて殺してしまう事件があったと朝刊に載っていた……



527 :潜水士 ◆MK4bj1r2OY [sage]投稿日:05/02/17 13:15:39 ID:KWJcCW8/0[3/4回(PC)]
 3ヵ月後の去年の初秋、隣のお寺の和尚さんがお施餓鬼(ご先祖さま 
を供養すること)のお経を上げに家に来た。和尚さんは家に上がるや、 
イヌのようにクンクンと鼻を鳴らして辺りの匂いを嗅ぎ始めた。警察犬よ 
ろしく、クンクンクンと鼻を鳴らしながら勝手に家の奥へ奥へと入ってき 
て、俺の部屋の前でピタリと止まった。少し渋い顔してドアを開ける。 
「あぁ、やっぱり…… これはいかんねぇ……」 
 俺は全く気付かなかったのだけど、和尚さん曰く、四人の霊が部屋にた 
むろっていたらしい。 
「四人とも何か悪さするわけではないけど、このままでは君や家の人に良 
い影響を与えないからね。四人には僭越ながら、わたくしのお経で成仏し 
ていただきます」 
 そう言って、和尚さんはお施餓鬼そっち退けで、お経を上げてくれた。事 
の全てを話すと、和尚さんは窓から墓地の方をしげしげと眺めた。 
「あっ、あれが原因だな?」 
 俺と和尚さんの二人で墓地へ向かった。塀の陰になっていたので部屋 
からは判らなかったけど、塀に沿って十二体のお地蔵さんが一列に並ん 
でいた。どれも正面を向いていたけど、一体だけくるりと背を向けている。 
そのお地蔵さんの視線の先に、俺の部屋の例の窓があった。



528 :潜水士 ◆MK4bj1r2OY [sage]投稿日:05/02/17 13:17:24 ID:KWJcCW8/0[4/4回(PC)]
「このお地蔵さんの向きを変えるから、手伝ってください」 
 二人でお地蔵さんを持ち上げて、向きを山門の方へ変えた。 
「このお地蔵さんは案内係なんです。本当は山門の方を向いて、”仏さ 
まはこちらからお通り下さい”と案内しなければならなかったのです。工 
事の人に話しておいたはずなんだけど、きっと忘れちゃったんだろうな。 
いや、しっかり監督しておかなかったわたくしも悪かった。とにかく、怖い 
思いをさせて悪かったね。もう、仏さまは出ないから安心してください」 
 和尚さんの言葉通り、その日から金縛りにあうことも幽霊を見ることも 
なくなった。寝る前に外灯に照らされて闇夜にぼんやりと浮かぶ山門に 
目をやる。俺にはもう何も見えないけど、今もあの山門をくぐってお寺へ 
と向かう幽霊はいるんだろうなと思う。