2017年02月

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    79 : 本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2012/02/15(水) 20:34:01.89 ID:zGsU/8Pk0 [10/24回(PC)]
    小さい頃はあまり疑問も持たずに聞いてただけだったけど、 
    中学に入った頃は話の展開に疑問を持つようになって、おばあちゃんに色々聞くようになった。 
    「おもんさまって誰?」「おもんからくさってどんなの?」 
    「その集落はどこ?」「子どもはお酒飲んじゃダメじゃないの?」などなど。


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    68 : 本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2012/02/15(水) 19:48:32.93 ID:zGsU/8Pk0 [1/24回(PC)]
    山間の集落についての話でもいいかな。 
    今は亡きおばあちゃんが話してくれた、童話のような、民間伝承のような話。 
    スレ違いならやめとく。


    【おもんさま 前編】の続きを読む

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    64 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/15(水) 17:26:21.20 ID:SFQVaQqX0 [5/7回(PC)]
    男の子はがっかりした様子だったが、僕に古銭を何枚かよこして、ありがとうと言って、一本道だったが、帰る道筋をおしえてくれた。 
    不安だったので、一緒に帰ろうと言ったが、一緒には行けないと言われた。 
    祠はなおしておくから心配無用とのことだったので、僕は暗い山道を懸命に戻った。 
    途中で心配して探しに出たじいちゃんと出会い、おんぶしてもらって山を降りた。 
    庭先にはばあちゃんが心配そうに待っていて、ああよかったと安堵しながら、手に何を持っているのと尋ねきた。 
    昔のお金、これ本物だよね? 
    と価値の確認のために古銭を見せると 
    二人の顔色が変わった。


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    60 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/15(水) 16:26:12.00 ID:SFQVaQqX0 [1/7回(PC)]
    子供のころ、数日間田舎にあずけられることがあった。 
    群馬の山間部にある、比較的大きな家で、裏には『おてんぐ山』と呼ばれているじいちゃんの持山があった。 
    やることがないと、その山で落ちているセミをとったり、ウロウロと歩き回ったりして時間を潰していた。 
    だが、絶対に山頂に向かってはいけないと言われていて、ある場所から奥へは入ったことがなかった。 


    【おてんぐ山 前編】の続きを読む

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    47 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/24(金) 15:44:31.80 ID:mlEqq6k20 [1/2回(PC)]
    世界で怖い女性の絵 
    (2007年当時)春ごろから、中国のあちこちの掲示板に 
    貼られた「世界で最も怖ろしい」絵。 

    描かれている清楚にして凄艶な女性は東南アジア某国に住まう人妻。 
    これほどの美女を妻にめとりながら、夫は外に愛人をつくり、 
    結果彼女は絶望して自殺したのだそうです。 

    悔やんでも悔やみきれない夫は全勢力を傾けて、妻の肖像を描き上げました。 
    そして描き上げると同時に飛び降り自殺、帰らぬ人となりました。 
    以降、この絵は第三者の手にわたりましたが、持ち主はいずれも発狂して 
    死に至り、薬はいっさい効かず、ベッドのなかで大小便をたれ流し、 
    顔をかきむしって死んでいったといいます。  

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    39 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/18(土) 11:17:11.91 ID:rEHskAmL0 [8/8回(PC)]
    をのこ草紙 
    約280年前(1730年頃)、八代将軍徳川吉宗が享保の改革を実施していた頃に流布したといわれる幻の予言書。 
    神道天行居の創立者として有名な友清歓真(1888~1952)の名著『神道古義地之巻』に引用され、いまに伝わる。 
     友清は昭和5年に、ある人物から次のような雑誌の切り抜きを送られたとして、『をのこ草紙』の一部を紹介している 
     『をのこ草紙』によれば、西洋の物質文明や価値観により日本人の心はしだいに失われ、その果てに大地震や大洪水、大火災や台風などの 
    異変が発生し、人口は半分に減って、外国の軍隊が攻めてくる事態も予想されるという。その時期はなんと1980年から始まっているらしいのだ。 
     とすると、神のごとき大神(ミロク?)が現れるのは2080年頃となり、その時までわれわれは、狂喜じみた世の中で苦しみ続けなければならないことになる。

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    38 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/18(土) 09:19:04.30 ID:rEHskAmL0 [7/8回(PC)]
    果心居士カシンコジ 

    筑後の生まれとある。大和の興福寺に僧籍を置きながら、外法による幻術に長じたために興福寺を 
    破門されたという。その後、織田信長の家臣になりたいという思惑があったらしく、信長の前で幻術を披露して 
    信長から賞賛されたが、仕官は許されなかったと言われている。 
     猿沢の池の水面に笹の葉を放り投げると、たちまち笹の葉が魚になって泳ぎ出した。 
     上記の術を信用しない男の歯を楊枝でひとなですると、歯が抜け落ちんばかりにぶら下がった。 
    松永久秀とはとくに親交があり、久秀が「幾度も戦場の修羅場をくぐってきた自分に恐ろしい思いをさせることができるか」と 
    挑んだところ、数年前に死んだ久秀の妻の幻影を出現させ、震え上がらせた。 
    豊臣秀吉に召されとき、果心居士は秀吉がだれにも言ったことのない過去の行いを暴いたために不興を買い、捕らえられて磔に処された。 
    しかし、このとき果心居士は鼠に姿を変えて脱出し、それを鳶がくわえてどこかに飛び去ったともいう。 
     古老茶話によると、次のような記述が見られる。 
    「慶長17(1612)年7月、因心居士というもの、駿府公の御前に出る。 
    神君むかし御覧あるもの也。いくつになるぞとおたずねこれあるところ、八十八のよし申し上げる」 
    生没年不明だが現存していた記録だけが残る。幻術師

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    34 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/18(土) 08:13:25.17 ID:rEHskAmL0 [3/8回(PC)]
    トゥーレ協会 
    1918年にミュンヘンで結成された秘密結社。トゥーレはヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの 
    『ファウスト』『トゥーレの王』にも登場する伝説の地「トゥーレ」から命名された。 
    1月に右翼政治結社・ゲルマン騎士団の委託を受けたルドルフ・フォン・ゼボッテンドルフにより、 
    騎士団の非公式バイエルン支部として設立された。正式名称を「トゥーレ協会・ドイツ性のための騎士団」といい、 
    スワスチカ(ハーケンクロイツ)と剣をシンボルマークとした秘密結社であった。表向きの協会の目的はゲルマン古代の研究であったが、 
    実際にはゲルマン騎士団員グイド・フォン・リストによって神智学を元に提唱されたアーリア主義を範として、民族主義と結びついた 
    異教的神秘主義・人種思想・反ヴァイマル共和国的扇動、反ユダヤ的プロパガンダを広めることだった。 

    ナチ党の前身であるドイツ労働者党とドイツ社会党を設立したアントン・ドレクスラーとカール・ハラー、ミュンヘン大学講師で地政学者の 
    カール・ハウスホーファーもトゥーレ協会の会員であった。また、ルドルフ・ヘス、アルフレート・ローゼンベルク、ディートリヒ・エッカート、 
    ハンス・フランクなどの、後にナチ党で重要な役割を果たすことになる党員たちもトゥーレ協会に属していた。 
    1937年にフリーメイソンおよびその類似団体の活動が禁止されたことに伴ってトゥーレ協会とゲルマン騎士団は解散した。 
    思想はナチスに引き継がれていく。

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    33 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/18(土) 08:03:16.63 ID:rEHskAmL0 [2/8回(PC)]
    ロンギヌスの槍 
    キリストを貫いた槍でもあり、これを手中にした者は過去の歴史上覇権を確立してきた 
    そして時は流れて20世紀、この「ロンギヌスの槍」の魔力に魅せられたもう一人の男がいる。 
    第三帝国を率いたアドルフ・ヒトラーである。1938年にナチスがオーストリアを併合した際、ヒトラーはハプスブルク家の 
    財宝を奪い去ったと言われているが、一説によれば、ヒトラーはまず何よりも「ロンギヌスの槍」にこだわり、第三帝国の名の下においてそれを奪還、 
    同年10月13日にはヒトラーの命令で武装したSS専用の列車に槍を積み込み、ニュルンベルクに輸送したという。 

    その後ヒトラーは快進撃を続け欧州を席巻するが、ロシアへの進軍で致命的な敗北を喫する。 
    そして1945年4月30日午後2時10分、米軍のウォルター・ウィリアム・ホーン中尉が「ロンギヌスの槍」を 
    保管していたニューンベルクの教会に踏み込み、槍を再び奪還、ヒトラーは「ロンギヌスの槍」を失うことになる。 

    ヒトラーがベルリンの地下壕で拳銃自殺したのは、それからわずか80分後のことである。 
    現在、世界には数本の「ロンギヌスの槍」が存在するが、そのうちのいずれかが本物のであるのか、全てが中世の捏造物であるのか、 
    あるいは南極大陸の奥底に今も眠るのか。真実は闇の中である。

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    32 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/18(土) 07:55:13.21 ID:rEHskAmL0 [1/8回(PC)]
    世界大戦で活躍した奇術師 

    第二次世界大戦が始まるとマスケリンは自分の技術をカモフラージュに役立てられると考え、イギリス軍の工兵隊に参加した。彼はテームズ川で鏡と模型を使ってドイツ軍艦のイリュージョンを作ってみせ、当初は懐疑的だった士官を納得させた。 

    1941年1月、アーチボルド・ウェーヴェル大将は欺瞞と防諜を目的とした部隊「Aフォース」を設立した。 
    ここに任命されたマスケリンは建築家、絵画修復技術者、大工、化学者、電気設計士、電気技師、画家、舞台技師など14名からなるグループを組織した。 
    彼等はマジックギャングという通称で呼ばれた。 

    マジックギャングは数多くの手品を行なった。彼等は絵の描かれた布と合板を使ってジープを戦車のように見せかけ、 
    キャタピラの痕跡まで偽装する一方、戦車をトラックに見せかけたりもした。彼等は軍隊や軍艦のイリュージョンも作ってみせた。 

    彼の最大の手品はアレクサンドリアのスエズ運河を隠蔽してドイツ軍の爆撃機の方向を誤らせるものである。 
    彼はアレクサンドリアから3マイル離れた湾に夜明かり、建物、灯台、高射砲隊といったものの模型を作った。 
    またスエズ運河を隠すために回転する円錐状の鏡を用いて、回転する光で幅9マイルに及ぶ光の輪を作った。 

    1942年、マスケリンは第二次エル・アラメイン会戦に先立つバートラム作戦に参加した。 
    これはドイツ軍のロンメル将軍に連合軍が南から攻撃してくると思わせるためのもので、実際には 
    イギリス軍のモントゴメリー大将は北からの攻撃を計画していた。北には千台もの戦車がトラックに偽装されていた。 
    南にはマジックギャングによって二千台の戦車の偽物が置かれていた。偽の線路、偽の無線会話、偽の建築音まで偽装された。 
    偽の水用パイプラインも敷設され、攻撃が行なわれるのはずっと後であるように見せかけた。 

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