2014年01月

車間距離が全く変わらない

142 : 名無しさん脚[] : 投稿日:2003/02/07 22:49:00
漏れが免許を取って間もないころ、海を見に行こうと一人で某国道を深夜に一人で走っていると、
前方に二つの赤い灯が見えました。国道ですからほかの車が走っているのは当たり前なので別に気にもかけませんでしたが
ちょっとおかしいのです、こちらが加速すると向うも加速して、こちらが減速すると向こうも減速して車間距離が全く変わらないのです。
道が直線になったところで私は確かにおかしいと感じました。前を走っている車らしいものはヘッドライトをつけていないのです、
漏れが急ブレーキをかけた瞬間二つの赤い灯は消えました、そして路肩に車を止めて呆然としている私が見たものは、私の車のヘッドライトに照らされた壊れたガードレールでした、その向うは深い谷になっていて
もし気づくのが遅かったらと思うと今でもぞっとします。

これを読んだ直後は後ろを振り返らないで下さい…

40 : ◆/gMR5eBC/k [sage] : 投稿日:2003/04/08 11:15:00
ウチの婆さんは10年くらい前に死んだんだけど 
死ぬちょっと前に婆さんが面白い事を言った。 

当時はもう80超えていて、痴呆が始まっていたので起きていれば 
常に1人言をブツブツと言っていたのだが、ある日突然 
「みっちゃんどうしたの?」と壁に向かってハッキリとした口調で 
目の色を変えて言い出した。 
この「みっちゃん」と言うのは婆さんと大変仲の良かった妹さんなのだが 
もう30年前にウチの婆さんが東京に出てきてからは1度も会ってなくて 
手紙は毎月交換していたが、電話は2年に1回くらいしかしないという 
関係だったらしい。俺は昔の写真しか見た事がなかったしその人の話も今まで 
ほとんど聞いた事がなかった。 


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以下の文章は非常に危険です

6 : 読むな![sage] : 投稿日:2003/01/16 05:17:00
警告。 
以下の文章は非常に危険です。 
生半可な気持ちでは読まないでください。 


僕が通っている大学から車で20分くらいのところにあるお堂。 
昔のなんとかいう僧侶を祀ったそのお堂は、 
地元では有名な心霊スポットでした。 
今月のはじめ。大学の同じ研究室の女の子2人がそのお堂へ行ったことが 
ないと言うので、僕が連れてってやることになりました。 
季節はずれの肝試しということです。 
深夜の森の奥。そのお堂は不気味なたたずまいで僕らを迎えましたが、 
僕は何度も来たことがあり、これまで特に何が起きたということも 
なかったので、怖がる女の子をわざとおどかしたりしてました。 
僕は女の子たちがあまりに怖がるのが面白くて、つい調子に乗って 
祀られている僧侶の像を叩いたり、お札をはがして破ったりしてしまいました。 
なぜあんなことをしてしまったのか。今となっては後悔するばかりです。 
そのあと、僕のまわりで恐ろしい出来事が続いたのです。 

 
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・・・こんな予知夢、二度といらん(泣)

579 : 予知夢[sage] : 投稿日:2003/05/13 11:33:00
一昨日の夜、夢を見た。 
すごい地震がきて、自宅やら何やらが崩壊する夢だった。 
あたしは地震が死ぬほど嫌いなので、それは物凄く恐かったよー・・・。 
崩れる我が家、私は間一髪逃げ出し、近くの大通りに出た・・・時、信号機が私の方に倒れてちてきて・・・・・・。 

――――そこで目が覚めた。 

心臓バクバクで、全身汗びっしょり。息が整うまで、かなり時間がかかった。 
・・・で、しばらくして落ち着いたのは良いんだけど・・・何か・・・腰の辺りが、やたらと濡れてんのに気づいたのよ(汗) 
汗にしちゃスゴすぎだし、何か変な臭いが・・・とか思って、掛け布団めくってみたら・・・・・・・。 
・・・・・・おねしょしてたよ(泣) 
ショックだったよー。成人して早々、こんな失敗するとは・・・。 
・・・んで、とりあえず家族にバレないように証拠隠滅の準備してたんだけど、その時・・・ 

 関 東 に 震 度 4 の 大 地 震  が ! ! 

これ、かなりビビッた。足元すっげぇ揺れてるし、また夢かと思った。 
地震がおさまった後も、恐怖のあまりしばらく動けなかったよ。 
・・・そしたら、「大丈夫かー?」とか言って部屋入ってきた親に、バレました。おねしょ(汗) 
メチャ怒られたし、「記念だ」とか何とか言って、写真撮られた・・・(泣) 

・・・こんな予知夢、二度といらん(泣) 

恐ろしくてしかしどこか抜けてる話

559 : 雷鳥一号[] : 投稿日:2003/05/05 04:22:00
私がまだ大学生だったときの話です。 

当時、私たちは隣町の同じコンビニでバイトをしていました。 
バイトの時間は、私は土日の夜中だけ、H君が平日の午後、 
そしてO君が水~金の夜中と、見事にバラバラでした。 

その日は平日だったのですが、なにやら朝から伝票の整理とか 
大仕事があったとかで店長さんが忙しく、H君は交代のO君が 
来てもまだ店長に付き合って残っていたそうです。 

店長がその日の事務仕事を片付け終わり、H君も最後の掃除を 
終えて帰り支度を始めたときのこと。 
店番をしているO君が青い顔をして奥に入ってきました。 
ただ事ならぬ雰囲気を感じとり、店長が尋ねました。 

「どうしたん、O君よ?」 
「今、自動ドアが開いたんです・・・誰もおらんのに」 
「たった今? でもチャイムは鳴らなかったよね。」 
「いや、それが・・・僕の目には見えへんのですけど・・・」 

コンビニには防犯用のモニターが設置されていました。 
このモニターはレジでも奥でも見られるようになっています。 
O君が口ごもったのを見て、二人はそれを覗き込みました。 

インスタント食品の棚の間を、髪の長い女性が歩いていたそう 
です。白いワンピースでふらふらと。首を左の肩につけるくら 
いに折り曲げて。 
(続く) 


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お迎えって本当にあるんだよね

76 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] : 投稿日:2003/04/23 21:51:00
ありがちな話なんだけど、父方のひい祖父さんが寝込んだとき、ばあちゃんが看病していたと。 
兄弟他にもいたんだが、あんまり自分の父親の面倒を見ないので、ばあちゃん憤慨していたんだそうだ。 
んで、ある日、寝込んでいたはずの父親がむっくり起き上がって 
「○○ちゃん(ばあちゃんの名前)お母さん来たから障子を開けてあげなさい」って言うんだと。 
ばあちゃんの母親(俺にとってのひい祖母さん)は前に亡くなってたのな。 
ばあちゃんが見ると障子に確かに俯いた人の影が立ってたんだって。 
だけど、その場にいた他の兄弟には全然見えなかったそうだ。 
その影を見てたのは父親と自分だけ。 
で、それから何日もたたない内にやっぱりひい祖父さんは亡くなったそうだ。 
お迎えって本当にあるんだよね、としみじみよく話をしてる。 

声・・・?男の声・・・・!

177 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sageコピペ] : 投稿日:2003/04/30 02:23:00
私が中学生のころのお話です。
当時、実家に住んでいた私は兄弟の部屋と離れ
自分の部屋を好きに使っていました。
部屋を広く使おうと思い、隅に布団を敷き、
枕元に自分で買ったはじめてのステレオを置いて
普段は布団にねっころがりながら耳元のスピーカーから音楽を聴いていました。

あのころは携帯もなく、実家では流行のコードレスフォンを導入し、
私は夜になると自分の電話のように
部屋に持ち込み、一日中友達と電話で話していました。

ある日、部活の事情で家族の外出に同行できなかった私は家で一人、
いつもと同じように布団に横になって友達と電話をしていました。
部活の疲れが出たのか、友達と電話で話していて眠くなったので
電話を切り、部屋の電気を消して眠りにつきました。

夜中に目がさめました。季節はいつだったか覚えてません。
決して寝苦しくて起きたわけではないのですが、起きた瞬間に
体が動かないこと、頭が割れるほど痛かったことを憶えています。

 
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パカパッ、パカパッ、パカパッ、パカパッ……

502 : 冷静で厳格な父を持つ友人[] : 投稿日:2003/04/19 21:40:00
他のHPにも書いたことあるんですが… 

私には、東京の有名な処刑場があった区に実家がある 
友達がいる。何か歴史的な背景などもあるのか、 
彼女の家では色々とあっち方面の出来事が多いらしく、 
この話はそのうちのひとつだ。 

ある晩、彼女が二階にある自分の部屋のベッドで 
うつぶせに寝転がっていると、突然金縛りになって 
体が動かなくなり、窓の外から奇妙な音が近付いて 
きた。 

パカパッ、パカパッ、パカパッ、パカパッ…… 

それはたくさんの馬が走って来るヒヅメの音だった。 
彼女はうつぶせのまま見ることはできなかったのに、 
なぜか、馬の背には甲冑を着た人々が乗っている!と 
直感したという。 
その音は窓を突っ切って部屋の中へなだれ込み、彼女の 
頭上約1メートルぐらいの高さを走り抜け、反対側の 
壁の向こうへ消えていった。 
と、同時に金縛りが解け、彼女は転がるように一階の 
居間へ。 


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「おじいちゃんを焼きに行くんだよ」

12 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/03/08 01:08:00
4歳の頃、祖父が死んだ。葬式に出て出官の時に「これからどこにいくの?」と 
訊ねた私に「おじいちゃんを焼きに行くんだよ」と父。何の事だかさっぱりわからず 
寝てしまい。気が付くと家に。しばらくして「ご飯よ~」と母。で、その時のメニュ 
が豚の生姜焼き。急に感極まった父が泣きながら食っているので、その肉を間違いなく 
おじいちゃんだと思って食べはじめた私。祖父が大好きだったので、私も泣きながら 
「おじいちゃんおいしいね」と言うと父はさらに激しく泣き始めて、母が「おじいちゃん 
みえるの?」と私に聞くので、目の前にある肉が祖父だと確信している私は「おじい 
ちゃん目の前にあるよ」と答えると両親は二人で泣き出し、私も泣き出し、どうしようも 
ないお馬鹿家族状態に。(豚の生姜焼きは祖父の大好物だったのをしるのは10何年後) 
それから肉が我が家の食卓に上がると私は決まって「だれ?これだ~れ?」と聞いた 
そうだ。そのたび母は「だれじゃないでしょう・・・な~にと聞きなさい」と小言。 
本当に恥ずかしい話だが、小学4年位まで肉は全て人肉だと思っていた。なぜか 
給食の肉?(南蛮鯨)はベトナム戦争の犠牲者だと思っていた。だから手を合わせて 
いただきますと言うのだと思っていた。 

「そこで今、女が覗いてたんだよーー!!」

149 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/03/19 16:20:00
俺も書いてみようかな・・・ 

俺が小4の時(現在高一)、香港に住んでて、香港日本人学校っていう小学校に 
通っていました。そして、そこのイベントでポーランコックっていうホテルに 
一泊二日で泊まることになりました。 

そのホテルは敷地内にバスケコート・テニスコート・サイクリングロード 
アーチェリー場、はたまたカヌーが出来る川が流れてたりなど 
遊ぶにはうってつけの場所でした。 

ガキだった俺らは一日中好きな所に行って部屋に戻る時間ギリギリまで 
遊んでいました。 


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