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    88 : 虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ [sage] 投稿日:2006/12/04(月) 04:25:52 ID:vAeYOoMR0 [1/4回(PC)]
    売れない絵描きであるY氏は、煮詰まった仕事の疲れを癒そうと、ある山中に分け入った。 
    しかし、山の奥深くで道に迷ってしまった。空腹で動けない。 
    もうダメだ、と諦めかけたその時、森の奥から食べ物の匂いがしてきた。 
    鼻から脳に染み渡る命の息吹の香しさ。Y氏の脚に力がみなぎってきた。 

    森を抜けると、そこには集落があった。 
    集落では、住人たちが腕によりをかけた料理を振る舞い、皆で舌鼓を打っていた。 
    住人たちは暖かく迎え入れてくれ、Y氏も馳走にあずからせてもらう事が出来た。 

    こんな山奥の小さな集落だというのに、豊富な食材に事欠かないらしく、 
    食卓の上には色とりどりの皿が並び、五感を潤してくれた。 
    子供たちは笑顔で食べ物を頬張り、放し飼いにされている動物たちも、その恩恵を受けていた。 
    また、この集落には貨幣というものが存在しなかったが、 
    各住人がそれぞれ得意の献立を持っており、料理を作っては他の住人にも振舞っていたので、 
    明日の糧の心配をする事なく、難無く食にありつけた。まさに、理想郷であった。 

    Y氏はそんな集落がすっかり気に入り、帰るのも忘れ居ついてしまった。 
    自身も山へ山菜や茸を取りに行っては、料理の腕を振るい、皆にも食べてもらっていた。 
    だが、そんな夢のような生活は長くは続かなかった。(続)


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    61 : 虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ [sage] 投稿日:2006/12/03(日) 05:56:34 ID:VY2ATJcJ0 [3/5回(PC)]
    双子の姉妹であるM子・W子と、その同級生R美は、 
    里山に隣接した街外れのX地区に住んでいた遊び仲間だ。仲間とは言っても、 
    R美はいわゆるガキ大将で、自分より弱そうな子を集めて、その中でリーダーとして 
    振舞っているようなタイプだった。M子・W子も子分扱いされていた。 

    R美の家は、X地区の中でも山寄りの寂しい場所にあり、学校や街に行くには、 
    途中で薄暗い雑木林に面した道を通らなくてはならなかった。 
    この道はあまり手入れがされておらず、道脇の雑木林の木々が鬱蒼と生い茂り、 
    ガードレールには真っ青な苔がびっしりと生え、常に陰気な所だった。 
    子供会がある日は、そんな道を夜に通らなくてはいけないのだ。 

    月に一度、夜7時から公民館で行われる子供会は、一応、父兄が引率するのが建前だったが、 
    全ての子供に監視の目が行き通っているはずもなく、物騒な夜道を子供だけで歩かせていた。 
    子供会が終わると、R美はM子・W子といっしょに、雑木林の道を通って家に帰った。 
    M子とW子の家は逆方向の道なのだが、R美が「あそこの道はオバケが出るから、 
    一人で歩くのは危ない。」と言って、無理矢理ついて来させていたのだ。 
    何でもその昔、雑木林の木の枝に縄を架け、親子三人が首を吊って死んだと言う。(続)


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    59 : 虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ [sage] 投稿日:2006/12/03(日) 05:54:45 ID:VY2ATJcJ0 [1/5回(PC)]
    ある画家がいた。画家は山の絵を描くのが好きだった。 
    しかし、売れない。生活は困窮した。妻には苦労をかけっぱなしだった。 
    認められぬ才能への葛藤と、不甲斐ない自分を支えてくれる妻への申し訳無さで、 
    悶々とした日々を送っていた。それでも描き続けた。 

    ある日の夕方、勤めが終わり帰宅した妻は、製作中の夫の絵を見て驚いた。 
    それはいつも描いているような山の絵だったが、 
    山の頂上に何人もの人間が立っているのが見える。数えてみると12人いた。 
    その12人は山のサイズからして、不自然に大きなサイズで描かれており、 
    写実的な画風である夫が描いたものにしては、異様な絵であった。 

    画風でも変えたのかと思い、夫に訊ねてみたが、 
    「だって、あそこにいるもの。」と、窓から向こうの山を指差した。 
    窓から見える山は、確かに絵の山と同じ形をしていた。しかし、人など見えない。 
    このとき妻は、夫が精神に支障を来たしてしまった事に初めて気がついた。(続)


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    38 : 虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ [sage] 投稿日:2006/12/02(土) 03:46:05 ID:cjq37k0Z0 [3/4回(PC)]
    『 黒いゴム片 』 


    小4のSちゃんは男の子に間違われるくらい、お転婆な娘だった。 
    学校まで歩いて一時間もかかる山の上の地区に住んでいて、 
    野山を遊び相手に育ったので、ある意味当然だったかもしれない。 

    毎日々々、山の上の自宅から、雑木林沿いの道を通って、 
    川沿いの国道を通って、お稲荷さんを祭っている神社の横を通って、 
    田んぼの中の農道を通って、学校にかよっていた。 

    ある秋の日の下校中、Sちゃんは学校近くの道端で黒い物が落ちているのを見つけた。 
    3センチほどのゴム…らしき物。タイヤの欠けらか何かだろうか? 

    Sちゃんは、この黒いゴム片をおもしろ半分に蹴飛ばしてみた。 
    びよんっ、ばやよんっ、と不規則にバウンドする様は見ていて飽きなかった。 
    「今日は、これ蹴りながら家に帰ろ~っと。」Sちゃんは、そう決めた。 
    石に当てられたらテストは百点、水たまりに落ちたら私死亡、とか 
    お馬鹿なルールを頭の中でいろいろと決めながら、ゴム片を蹴り続けた。 

    ゴム片は途中で何度か道から外れ、溝に落ちそうになりながらも、 
    絶妙なバウンドでSちゃんの足元へと滑り込み、 
    まるでSちゃんに蹴られるのを求めているように見えた。とうとう、 
    ゴム片といっしょに、学校から田んぼを通って、お稲荷さんの所まで来てしまった。(続)


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    36 : 虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ [sage] 投稿日:2006/12/02(土) 03:43:13 ID:cjq37k0Z0 [1/4回(PC)]
    十数年ほど前のある夜、飲み友達であるAとBは、車で近隣の里山へ入った。 
    近年のペットブームで、カブトムシやクワガタの需要が増え、 
    とある店で高く買い取って貰えると聞き、小遣い稼ぎに虫取りに行ったのだった。 
    昼の間に下見をしておき、虫が寄ってきそうな木に罠を仕掛けて、夜を待つ。 
    簡単なものだった。慣れぬ山だったが、一晩で数十匹の甲虫が取れた。 
    これでちょっとした飲み代になるだろうと、心が弾んだ。 

    しかし、その目論見は無残にも打ち砕かれた。Aはもっと獲物を得ようと、 
    爪先立ちで高い枝に手を伸ばしたが、次の瞬間、にじみ出る草の汁で足を滑らせ、 
    咄嗟に掴んだBを巻き添えにし、二人して崖下へと転がり落ちたのだ。 

    幸いにもBは無傷だった。Aも足を捻った程度で済んだが、自ら歩く事は出来なかった。 
    助けを呼ぼうにも、ここから上には戻れそうになく、他の道を探す事にした。 
    BはAを背にし、崖下の小道を歩きだした。昼間に下見をしていたとは言え、 
    その道はどこへ通じているのか、さっぱり分からぬものだった。 
    不安がよぎる中、車を止めた上の道がどんどん遠ざかっていくような気がした。 

    付近には民家どころか街灯すら無い。懐中電灯の明かりを頼りに歩き続ける。 
    Bの背中は汗でグッショリ濡れていた。背負っているAの体が、直に張り付いてるようで、 
    気持ちが悪くてしょうがなかったが、口には出さなかった。 
    数十分歩き続けた頃、遠くに「ぽっ」と灯りが見えた。二人の男は安堵した。 
    この先に家があるのだろう。電話を借りて助けを呼ぼうと、そこへ向かった。 

    どこからか、「ワゥ ワゥ ワゥ ワゥ…」と犬の鳴き声が聞こえる。 
    おそらく、お目当ての民家からであろう。 
    山の一軒家は物騒だから、番犬を飼っていても不思議ではない。 
    歓迎されてはいないようだが、家の人が早くこちらに気づいてくれれば幸いだ。 
    灯りが少し近づいてきた。二階の窓らしき灯りだった。中には人影が見えた。(続)


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