76 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] : 投稿日:2003/04/23 21:51:00
    ありがちな話なんだけど、父方のひい祖父さんが寝込んだとき、ばあちゃんが看病していたと。 
    兄弟他にもいたんだが、あんまり自分の父親の面倒を見ないので、ばあちゃん憤慨していたんだそうだ。 
    んで、ある日、寝込んでいたはずの父親がむっくり起き上がって 
    「○○ちゃん(ばあちゃんの名前)お母さん来たから障子を開けてあげなさい」って言うんだと。 
    ばあちゃんの母親(俺にとってのひい祖母さん)は前に亡くなってたのな。 
    ばあちゃんが見ると障子に確かに俯いた人の影が立ってたんだって。 
    だけど、その場にいた他の兄弟には全然見えなかったそうだ。 
    その影を見てたのは父親と自分だけ。 
    で、それから何日もたたない内にやっぱりひい祖父さんは亡くなったそうだ。 
    お迎えって本当にあるんだよね、としみじみよく話をしてる。 

    177 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sageコピペ] : 投稿日:2003/04/30 02:23:00
    私が中学生のころのお話です。
    当時、実家に住んでいた私は兄弟の部屋と離れ
    自分の部屋を好きに使っていました。
    部屋を広く使おうと思い、隅に布団を敷き、
    枕元に自分で買ったはじめてのステレオを置いて
    普段は布団にねっころがりながら耳元のスピーカーから音楽を聴いていました。

    あのころは携帯もなく、実家では流行のコードレスフォンを導入し、
    私は夜になると自分の電話のように
    部屋に持ち込み、一日中友達と電話で話していました。

    ある日、部活の事情で家族の外出に同行できなかった私は家で一人、
    いつもと同じように布団に横になって友達と電話をしていました。
    部活の疲れが出たのか、友達と電話で話していて眠くなったので
    電話を切り、部屋の電気を消して眠りにつきました。

    夜中に目がさめました。季節はいつだったか覚えてません。
    決して寝苦しくて起きたわけではないのですが、起きた瞬間に
    体が動かないこと、頭が割れるほど痛かったことを憶えています。

     
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    502 : 冷静で厳格な父を持つ友人[] : 投稿日:2003/04/19 21:40:00
    他のHPにも書いたことあるんですが… 

    私には、東京の有名な処刑場があった区に実家がある 
    友達がいる。何か歴史的な背景などもあるのか、 
    彼女の家では色々とあっち方面の出来事が多いらしく、 
    この話はそのうちのひとつだ。 

    ある晩、彼女が二階にある自分の部屋のベッドで 
    うつぶせに寝転がっていると、突然金縛りになって 
    体が動かなくなり、窓の外から奇妙な音が近付いて 
    きた。 

    パカパッ、パカパッ、パカパッ、パカパッ…… 

    それはたくさんの馬が走って来るヒヅメの音だった。 
    彼女はうつぶせのまま見ることはできなかったのに、 
    なぜか、馬の背には甲冑を着た人々が乗っている!と 
    直感したという。 
    その音は窓を突っ切って部屋の中へなだれ込み、彼女の 
    頭上約1メートルぐらいの高さを走り抜け、反対側の 
    壁の向こうへ消えていった。 
    と、同時に金縛りが解け、彼女は転がるように一階の 
    居間へ。 


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    12 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/03/08 01:08:00
    4歳の頃、祖父が死んだ。葬式に出て出官の時に「これからどこにいくの?」と 
    訊ねた私に「おじいちゃんを焼きに行くんだよ」と父。何の事だかさっぱりわからず 
    寝てしまい。気が付くと家に。しばらくして「ご飯よ~」と母。で、その時のメニュ 
    が豚の生姜焼き。急に感極まった父が泣きながら食っているので、その肉を間違いなく 
    おじいちゃんだと思って食べはじめた私。祖父が大好きだったので、私も泣きながら 
    「おじいちゃんおいしいね」と言うと父はさらに激しく泣き始めて、母が「おじいちゃん 
    みえるの?」と私に聞くので、目の前にある肉が祖父だと確信している私は「おじい 
    ちゃん目の前にあるよ」と答えると両親は二人で泣き出し、私も泣き出し、どうしようも 
    ないお馬鹿家族状態に。(豚の生姜焼きは祖父の大好物だったのをしるのは10何年後) 
    それから肉が我が家の食卓に上がると私は決まって「だれ?これだ~れ?」と聞いた 
    そうだ。そのたび母は「だれじゃないでしょう・・・な~にと聞きなさい」と小言。 
    本当に恥ずかしい話だが、小学4年位まで肉は全て人肉だと思っていた。なぜか 
    給食の肉?(南蛮鯨)はベトナム戦争の犠牲者だと思っていた。だから手を合わせて 
    いただきますと言うのだと思っていた。 

    149 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/03/19 16:20:00
    俺も書いてみようかな・・・ 

    俺が小4の時(現在高一)、香港に住んでて、香港日本人学校っていう小学校に 
    通っていました。そして、そこのイベントでポーランコックっていうホテルに 
    一泊二日で泊まることになりました。 

    そのホテルは敷地内にバスケコート・テニスコート・サイクリングロード 
    アーチェリー場、はたまたカヌーが出来る川が流れてたりなど 
    遊ぶにはうってつけの場所でした。 

    ガキだった俺らは一日中好きな所に行って部屋に戻る時間ギリギリまで 
    遊んでいました。 


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