世界で怖い女性の絵

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47 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/24(金) 15:44:31.80 ID:mlEqq6k20 [1/2回(PC)]
世界で怖い女性の絵 
(2007年当時)春ごろから、中国のあちこちの掲示板に 
貼られた「世界で最も怖ろしい」絵。 

描かれている清楚にして凄艶な女性は東南アジア某国に住まう人妻。 
これほどの美女を妻にめとりながら、夫は外に愛人をつくり、 
結果彼女は絶望して自殺したのだそうです。 

悔やんでも悔やみきれない夫は全勢力を傾けて、妻の肖像を描き上げました。 
そして描き上げると同時に飛び降り自殺、帰らぬ人となりました。 
以降、この絵は第三者の手にわたりましたが、持ち主はいずれも発狂して 
死に至り、薬はいっさい効かず、ベッドのなかで大小便をたれ流し、 
顔をかきむしって死んでいったといいます。  

享保の改革を実施していた頃に流布したといわれる幻の予言書

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39 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/18(土) 11:17:11.91 ID:rEHskAmL0 [8/8回(PC)]
をのこ草紙 
約280年前(1730年頃)、八代将軍徳川吉宗が享保の改革を実施していた頃に流布したといわれる幻の予言書。 
神道天行居の創立者として有名な友清歓真(1888~1952)の名著『神道古義地之巻』に引用され、いまに伝わる。 
 友清は昭和5年に、ある人物から次のような雑誌の切り抜きを送られたとして、『をのこ草紙』の一部を紹介している 
 『をのこ草紙』によれば、西洋の物質文明や価値観により日本人の心はしだいに失われ、その果てに大地震や大洪水、大火災や台風などの 
異変が発生し、人口は半分に減って、外国の軍隊が攻めてくる事態も予想されるという。その時期はなんと1980年から始まっているらしいのだ。 
 とすると、神のごとき大神(ミロク?)が現れるのは2080年頃となり、その時までわれわれは、狂喜じみた世の中で苦しみ続けなければならないことになる。

果心居士カシンコジ

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38 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/18(土) 09:19:04.30 ID:rEHskAmL0 [7/8回(PC)]
果心居士カシンコジ 

筑後の生まれとある。大和の興福寺に僧籍を置きながら、外法による幻術に長じたために興福寺を 
破門されたという。その後、織田信長の家臣になりたいという思惑があったらしく、信長の前で幻術を披露して 
信長から賞賛されたが、仕官は許されなかったと言われている。 
 猿沢の池の水面に笹の葉を放り投げると、たちまち笹の葉が魚になって泳ぎ出した。 
 上記の術を信用しない男の歯を楊枝でひとなですると、歯が抜け落ちんばかりにぶら下がった。 
松永久秀とはとくに親交があり、久秀が「幾度も戦場の修羅場をくぐってきた自分に恐ろしい思いをさせることができるか」と 
挑んだところ、数年前に死んだ久秀の妻の幻影を出現させ、震え上がらせた。 
豊臣秀吉に召されとき、果心居士は秀吉がだれにも言ったことのない過去の行いを暴いたために不興を買い、捕らえられて磔に処された。 
しかし、このとき果心居士は鼠に姿を変えて脱出し、それを鳶がくわえてどこかに飛び去ったともいう。 
 古老茶話によると、次のような記述が見られる。 
「慶長17(1612)年7月、因心居士というもの、駿府公の御前に出る。 
神君むかし御覧あるもの也。いくつになるぞとおたずねこれあるところ、八十八のよし申し上げる」 
生没年不明だが現存していた記録だけが残る。幻術師

トゥーレ協会

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34 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/18(土) 08:13:25.17 ID:rEHskAmL0 [3/8回(PC)]
トゥーレ協会 
1918年にミュンヘンで結成された秘密結社。トゥーレはヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの 
『ファウスト』『トゥーレの王』にも登場する伝説の地「トゥーレ」から命名された。 
1月に右翼政治結社・ゲルマン騎士団の委託を受けたルドルフ・フォン・ゼボッテンドルフにより、 
騎士団の非公式バイエルン支部として設立された。正式名称を「トゥーレ協会・ドイツ性のための騎士団」といい、 
スワスチカ(ハーケンクロイツ)と剣をシンボルマークとした秘密結社であった。表向きの協会の目的はゲルマン古代の研究であったが、 
実際にはゲルマン騎士団員グイド・フォン・リストによって神智学を元に提唱されたアーリア主義を範として、民族主義と結びついた 
異教的神秘主義・人種思想・反ヴァイマル共和国的扇動、反ユダヤ的プロパガンダを広めることだった。 

ナチ党の前身であるドイツ労働者党とドイツ社会党を設立したアントン・ドレクスラーとカール・ハラー、ミュンヘン大学講師で地政学者の 
カール・ハウスホーファーもトゥーレ協会の会員であった。また、ルドルフ・ヘス、アルフレート・ローゼンベルク、ディートリヒ・エッカート、 
ハンス・フランクなどの、後にナチ党で重要な役割を果たすことになる党員たちもトゥーレ協会に属していた。 
1937年にフリーメイソンおよびその類似団体の活動が禁止されたことに伴ってトゥーレ協会とゲルマン騎士団は解散した。 
思想はナチスに引き継がれていく。

ロンギヌスの槍

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33 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/02/18(土) 08:03:16.63 ID:rEHskAmL0 [2/8回(PC)]
ロンギヌスの槍 
キリストを貫いた槍でもあり、これを手中にした者は過去の歴史上覇権を確立してきた 
そして時は流れて20世紀、この「ロンギヌスの槍」の魔力に魅せられたもう一人の男がいる。 
第三帝国を率いたアドルフ・ヒトラーである。1938年にナチスがオーストリアを併合した際、ヒトラーはハプスブルク家の 
財宝を奪い去ったと言われているが、一説によれば、ヒトラーはまず何よりも「ロンギヌスの槍」にこだわり、第三帝国の名の下においてそれを奪還、 
同年10月13日にはヒトラーの命令で武装したSS専用の列車に槍を積み込み、ニュルンベルクに輸送したという。 

その後ヒトラーは快進撃を続け欧州を席巻するが、ロシアへの進軍で致命的な敗北を喫する。 
そして1945年4月30日午後2時10分、米軍のウォルター・ウィリアム・ホーン中尉が「ロンギヌスの槍」を 
保管していたニューンベルクの教会に踏み込み、槍を再び奪還、ヒトラーは「ロンギヌスの槍」を失うことになる。 

ヒトラーがベルリンの地下壕で拳銃自殺したのは、それからわずか80分後のことである。 
現在、世界には数本の「ロンギヌスの槍」が存在するが、そのうちのいずれかが本物のであるのか、全てが中世の捏造物であるのか、 
あるいは南極大陸の奥底に今も眠るのか。真実は闇の中である。
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